春美の顔に笑顔が戻り、今度は僕に質問してくる。
「大輔さん、どうでしたか?」
「いや、どうって。本人が完璧って言っているんだから、俺も文句はないよ。おどろいた。なんでこんなに上手なの?」
僕は逆に質問する。春美は目を閉じてゆっくりと話しだす。
「なんでって。私はずっと夏美姉さんが憧れなんです。もう二十年以上姉さんの背中を追いかけていますから、姉さんの癖も口調も、好きな色もファッションの感性も、全部知ってます。どんな顔で寝るのか、どんな顔で怒るのか、それにどんなことでツッコミを入れるのか、そのワードチョイスまで、とにかくいろいろ勉強してきました。だから、私は世界一夏美姉さんの真似を出来る自信があります。」
自信ありといった表情で目を輝かせる春美。割って入るのは当然夏美だ。
「ちょ、ちょっと、じゃああんまり余計なこと言わないでよね。変なこと言われると、私が困るから……。」
夏美が顔を真っ赤にして言う。春美がそれに反応する。
「え?変なことって、なんですか?」
「え!!?いや、その、なんでもないけど。」
尻すぼみになる夏美の発言。割って入るのは秋子だ。
「それはまた別の機会にしようや。で、夏美。何をするんや?」
その言葉に夏美が動揺する。
「え?私?そんな、一発芸なんてなにもないわよ。」
「はぁー?姉ちゃん二人に妹一人、三人に色んなことやらせて、夏美はなんもなしかいな?」
秋子が夏美を追い込む。
「いろんなことやらせてって、勝手にやったんじゃない。なんで私が。」
夏美が口答えをする。
「勝手にやったー?どういうことや。みんな夏美の彼氏を楽しませようおもてやったことやろが。」
「そんなこと言われたって、急には……。」
どんどん夏美が追い込まれる。我慢出来ずに僕は考えもなしに立ち上がる。
「じゃ、じゃあ、僕が代わりにやります!!」
そう言った後で後悔する。僕には何の芸の持ち合わせもない。しかし秋子があおる。
「でたー!!彼女を守る彼氏。素敵やなー。」
と、馬鹿にした感じで言う。夏美が不安そうな顔でこちらを見ている。それを見ないようにしながら頭を回転させる。そして思いついたことを口走る。
「発表します!!」
僕の言葉に夏美以外の三姉妹が目を輝かせる。
「なんや?まさか夏美への愛の告白を、改めてみんなの前でやってのけるんかいなー?」
「はぁ?ちょっと、そんなことやめてよ!!?」
秋子の言葉も夏美の言葉も僕には届いていない。僕は声を大にして叫ぶ。
「26歳、男、大輔。警備員のアルバイトやってます!腹筋には自信があるので、ここにいる誰に腹を殴られても屈しません!!」
ポカンとしたのは春美、夏美、冬美だ。よりによって喰いついてきたのは秋子だ。
「ゆうたでー!この男殴られ屋の走りや。この日のためにうちは体を鍛えてきたんや。ほな、いくでー!!」
と言って、準備も整わぬ僕の腹に秋子の鉄拳がねじ込まれる。
「ぐっ!!」
っと、腹から声が出る。これは倒れるかと思ったが、秋子の拳は意外にもダメージが少ない。僕は秋子に殴られた腹を軽く撫でてから手を両手に広げ、
「ほらね?」
と、得意げに言う。秋子以外の三姉妹が声をそろえて「おー!」と感心する。殴った張本人の秋子は、「ぐー」と唸りながら悔しそうにしている。しかしすぐに表情を軽くすると、
「まあ、男や。そのくらい当たり前やろ。」
と負惜しみ感たっぷりに物申す。
「秋子姉さん、本当は悔しいくせに。」
と、春美が冷めた目で夏美の真似をしながら言う。それに対してまた一同が笑う。秋子は悔しそうに、
「悔しいことあるかー!そんなことよりさっきうちらがフリスビーしとった時の冬姉、大輔はんと二人っきりで真剣に話込んでから。そない二人でじっくり話すことがあるんかいな?」
と矛先をかえる様に言う。冬美は慌てる様子もなく、
「あら、勝手にいなくなったのは夏美ちゃんよ。それに、目の前の男を口説くのに誰かの許可が必要なのかしら?」
「あたりまえやろ。夏美に断りーや。」
「そう。じゃあ、夏美ちゃん。私、大輔さんを口説いてもいいかしら?」
「勝手にどうぞ。」
と、夏美はどうでも良いといった風に答える。
「ふーん、本人の許可も下りたことだし、大輔さん、そろそろ人影の無いところに行きましょうか?」
「そんなのダメです!!」
冬美の誘いを僕の代わりに断ったのは春美だ。
「大輔さんは、夏美姉さんが見つけた人なんですから。」
それを受けて夏美は冷たい口調で、
「あ、春美。私の代わりにありがとう。でも大丈夫。大輔じゃあ、どうせ冬美姉さんにはかなわないから。好きにさせておけばいいのよ。」
と言う。春美が釈然としない表情でうつむく。秋子はクーラーボックスから氷を取り出し、
「あー、さすがに氷も解け始めてるわ。」
と、不満を言いながらカップに氷を入れ、そこに芋焼酎を注ぐ。そしてそのまま焼酎を半分まで一口で飲むと、口を半分開けて顔をクシャクシャにしながら、『きくー』と言った表情をする。そして余計なことを口走る。
「そないゆうてるけど、一番大輔はんを狙ってるんは、春美やろが。」
「はぁー!!?絶対にそんなことないです。」
珍しく大きな声で春美が否定する。それはそれで男としては虚しいがこの場ではこれが正解だろう。
「春美、正直に言ってね。だったら譲るから。」
新しいビールを開けながら夏美が言う。
「おいおいおまえまで。」
さすがに僕も意見する。
「そうですよ!夏美姉さんまで、そんなの困ります。」
耳まで赤くしながら春美が怒る。事態が混乱してくる。その混乱を収拾したのは冬美だ。
「ほらほら、もうやめなさい。夏美、大輔さんはとても素敵な人よ。私が保証するわ。大輔さん、これからもよろしくね。色々。」
冬美は『色々』という言葉を強調しながら言う。
「やらしー!!」
即座に秋子が反応する。その影響で夏美も眉間にシワを寄せながら顔を赤らめている。僕は、
「はい、お任せ下さい。」
と、ドンと胸を叩いて見せる。冬美の言う『色々』の意味はそんなことではない。先ほどの話に出てきた、『もしもの時』のことだ。
「うおー!男やでー!!」
秋子が一気に高揚する。
「あんた馬鹿じゃないの!!」
と言って夏美がグーで頭を殴ってくる。春美はただただうつむいているが、頭から湯気が出る勢いだ。そこに冬美が油をそそぐ。
「あらあらこの子達。欲求不満にも程があるわ。こんなことで盛り上がっちゃって。中学生からやり直してもらわないと、私恥ずかしいわ。」
「もーやめてよ!!」
夏美が噴火する。僕を含め一同が笑う。その笑いが誘ったかのように、ブルーシートの上にゆらゆらと十枚ほどの桜の花びらが降ってくる。辺りはとっぷりと日が暮れ、花見客を歓迎するように照明がつく。散り行く花びらの、最期の時にスポットを当てているかのように思える。僕は冬美の歌った正岡子規の短歌を思い出しながら、全身に桜の春雨を感じている。
『くれないのニ尺伸びたる薔薇の芽の針やわらかに春雨の降る』
その後、この馬鹿な宴会が二時間ほど続いた。周囲の花見客は、僕のことを羨ましそうにチラチラとこちらを見ていた。そりゃそうだと思った。美人四人に囲まれて男が一人。理由を知らなければこんなに素敵なシーンはありえない。
僕らは駅に到着する。改札前で僕らは一度顔を見合わせる。口を開いたのは冬美だ。
「本当に帰るの?夏美。今日くらいお泊りすれば良いのに。」
「あのね、そういう風に言われて私がお泊りしたら、一体何を想像されるか分からないじゃない。明日どんな顔をしてみんなに会ったら良いか分からない。だから今日は帰る。」
夏美は少し怒り口調で言う。
「あらー、そんなのいつ朝帰りしたって同じことよ。あれもこれも全部聞いてあげる。」
赤ら顔でケラケラ笑いながら冬美がおどける。
「もー、そういうの本当に迷惑なんだけど。」
右手を堅く握りながら夏美が言う。
「別にそんなんええやないかー。ここでこうしましたって素直にお姉様に話たったらええやん。」
「ふざけないで。私は冬美姉さんや秋子姉さんとは違うんだから。」
「そうですよ。それに、二人を前にそんな話をするなんて、私、どんな風に二人を見たらいいかわからなくなります。」
ややお門違いな意見が春美からでる。
「もう良いの。私は今日は帰るから。じゃあね。」
そう言って夏美が先に改札を抜ける。
「おーい、待てやー!」
と言って秋子がそれに続く。
「じゃあ、私も。失礼します。」
ペコリと一礼すると春美がそれに続く。改札を抜ける時にsuicaの反応が悪く、『ピンポーン!』となって春美は行く手を阻まれる。
「あらあら、お約束ね。それじゃ、夏美をよろしくね。」
そう言って意味深げに僕にウインクすると冬美もそれに続く。僕は四人を見送ると別の
改札へ向かって歩き出す。途中、花見の宴会の事を振り返りながら、思い出し笑いがこぼれそうになったが、噛み殺して歩く。面白い四姉妹だなと思う。そして僕は別の改札へ向けて歩き出す。やけに酔っ払いの多い駅だった。
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