「良しきた!今日は飲むぞ!!そのために電車で来たんだ。」
僕は夏美の手を引き生ビールを売っている出店目がけて強引に進む。フランクフルトの店にたどり着くと、
「夏美、フランクフルト食べる?」
と聞く。
「うん。」
「オッケー。おじさん!フランクフルト二つと、生ビール二つ。」
「あいよ。生二丁よろしく!!」
と、威勢の良いおじさんがバイトらしき若い女性にオーダーを伝える。
「え?あ、私はまだ、ビールは良いや。」
と、意外にもビールを拒絶する。僕は驚いて、
「はあー?おまえが?あのおまえが!!?」
と大袈裟な反応をしてみせる。
「ごめん。……、あの日から、お酒飲んでないんだよね。」
と、哀愁ただよう笑顔で僕に謝罪する。僕はその表情を観てすぐに察知し、すぐにオーダーを取り消す。
「おじさん!ごめん。生ビール無しで。ウーロン茶二つにしてもらえる?」
「はいはい。ごめん、生無しで!ウーロン茶二つよろしく。」
と、おじさんは女性に伝える。
「え?なんで?大輔は飲んで良いよ。」
夏美は驚きを隠せぬように告げてくる。僕は、
「忘れてた。健康診断で肝臓が引っかかったんだった。しばらく酒を辞めないと病気になるって医者に脅されて。参ったよ。」
と下手な嘘を付く。夏美はうつむき、
「ごめん、ありがとう。」
とつぶやく。間もなくフランクフルト二本とウーロン茶を差し出され、僕らはそれぞれ自分の分を受け取ると人の流れにそって食べながら歩き出す。
「うまっ!なんでこう、屋台のフランクフルトは上手いかなー。行儀悪いけど、歩きながら食べるってのもまた良いんだよな。」
と、わざと気分を盛り上げて言う。
「ホントだね。ジューシーでおいしい!!」
そう言って僕のテンションに笑顔の夏美が付き合う。夏美の空元気が分かって、少し切なくなる。次の屋台を探しながら、僕は夏美の横顔をみる。先ほどの笑顔はもうない。
「夏美!運試ししようぜ。」
「え?運試しって?」
「あそこだよ。あの店が俺を呼んでいる。」
と、僕はくじ引きの屋台を指差し言う。夏美が、
「あんた、あんなの当たると思ってんの?」
と、冷めた口調で言う。僕はその口調を聞き、夏美はこうあるべきだと思う。
「当たる。今日は当たる。」
本当はそんなこと思っていない。僕は屋台のくじびきでろくなものが当たったことがない。子供の頃ならまだしも、むきになって大人になってからも毎年のようにやり続け、つぎ込んだお金はきっと数万円にものぼるだろう。当たらないことはわかっている。けれど、今日は本当に当たって欲しいと思う。些細なことでも良いから、僕は今の夏美の心に風を吹かせたかった。
「絶対に当たらないわよ。」
「信じないやつは当たらない。あいにく俺の座右の銘は信じれば道は開ける、なんでね。」
「ふーん。そういってギャンブルで借金を抱えた人が世の中に何人いることか。」
「いいか夏美。宝くじだってそう。買わなきゃ当たらないんだ。」
「うん。良いからさっさとくじを引いてその無駄口に蓋をしてくれない?」
「蓋をされるのはそっちだ。俺があの最新ゲーム機を当ててやる。」
僕はそういってどかどかと歩いてくじ引き屋の前に行くと、300円払い三角くじを引く。そしてそれを夏美に渡す。
「え?自分であけなよ。」
僕の引いた三角くじを受け取るのを拒否しながら夏美が言う。
「いい。もうそれが当たりなのは分かっているんだ。喜びを君にも分けてあげるよ。」
夏美は、
「ふん。」
と鼻で笑うと、躊躇することなく三角くじをめくる。馬鹿にしていた夏美の表情が驚きに変わる。そして、
「うっそ……。当たった。」
と言う。
「え?ホントに?」
当たるなんて思っていない僕は思わずそう口走る。奇跡と言うものは本当にあるのだと思う。僕はこれまでつぎ込んだ数万円のことなどどうでも良くなる。大事なことは、乾いた夏美の心を少しでも潤せたと言うことだ。僕は信じ、そして道が開けた。
数分後、活気溢れる屋台の並ぶ道を歩く僕の右手には、スーパーボールが握られている。
非常に希少価値の高いスーパーボールらしく、地面に落とすと跳ね返ってくる。緑色の体に金粉を思わせるラメをまとい、高級感をかもしだす。もう少し僕に握力があったのなら、焼かれる前のハンバーグのように握りつぶしてしまいそうだ。
「夏美、おまえの当たりってなに?」
「だって私、あれやったことないから、三等って結構良いのかと思ったんだもん。」
「はずれの次じゃないか。」
「だからごめんってば。」
「もう良い。俺は食に走ります。」
そう言って僕は焼きそば屋に向かう。
「すいません。焼きそば一つ。あ、青のりと紅ショウガ抜いてください。」
「はい、ありがとうございます。」
Tシャツの袖を肩までまくった女の子が答える。グレーのTシャツの襟が汗で濡れている。この仕事も大変そうだなと思っていると、夏美が僕の脇腹をツンツンと突いてくる。くすぐったくてビクリと反応する。
「ちょっと、おまえ、ウーロン茶こぼしちまうからやめてくれ。」
僕は夏美の方をみる。夏美は何も言わず隣の屋台を指差している。その方向に視線を移すと、子供達が群がってせっせと何かをすくっている。しゃがみこむ子供達の上から中を覗くと、水の中にスーパーボールがたくさん浮いている。奥に座っているおじさんがそれに気付き僕に声を掛けてくる。
「お!お兄さん、どうだい?一回300円。取れなくても一個サービスするよ?」
「いえ、結構です。」
僕はきっぱりと断る。夏美はうつむいてクスクスと笑っている。僕は小声で、
「おい、いい加減にしろよ。」
と文句を言う。
「やれば良いじゃない。たくさんあったほうが何かの役に立つかもよ?」
「立つもんか。だったら金魚すくいにしよう。」
「それは私がパス。過去一匹もすくえたことがないんだよね。大体イライラして水槽かき混ぜて終わり。」
「はっはっは。夏美のその絵、想像つくな。」
そんなことを言っていると、先ほどの女の子から声がかかる。
「はい、焼きそばおまたせしました。」
その声に振り返ると焼きそばを受け取る。
「さて、どこかに座って食べようか。」
「うん。ちょっと疲れたし。」
僕らは少し離れた場所に人の座っていないベンチを見つけそこに腰掛ける。相変わらず人の往来が激しいが、花火もみえる絶好のポイントかもしれない。膝の上に焼きそばを置き、割り箸を割る。
「海のラーメンも良いけど、屋台の焼きそばも悪くない。食えるだけ食べていいよ。残りは俺が食べるから。」
そう言って一口焼きそばを食べると夏美に渡す。
「ありがと。ちょっとお腹減ってるんだよね。いただきまーす。」
と言って焼きそばを口に運ぶ。なんとなく前回飲みかけのペットボトルを拒否されたことが気になっていたから、同じ割り箸で躊躇なく焼きそばを頬張る夏美をみて少しだけ安心する。夏美が焼きそばを食べる間、僕は打ち上げられる花火を観ている。ふと、耳元で蚊の羽音が聞こえ、ビクリとそちらを振り返り手をバタバタと振る。その光景を見て夏美が、
「え?どうしたの急に?」
といぶかしげにこちらに目を向けてくる。
「いや、夏の風物詩がここにもあったよ。蚊が俺の生き血をすすろうとするんだ。」
「ふーん。」
夏美は興味なげに返事をする。
「夏美は鈍いから蚊に気付かないんだろ?」
「はあ?大輔の血が匂うから寄ってくるんでしょ?」
「旨いから寄って来るんだ。隣の人の血が不味いからターゲットを俺に絞ったんだろ。」
次の瞬間、僕の太ももに激痛が走る。
「痛って!!」
みると夏美の指が僕の太ももをつまんでいる。慌ててそれを手で振り払うと、
「デカイ蚊に刺された。」
と言う。そして二人で笑う。一時は追い払ったかと思ったが、またしばらくすると耳元で蚊が鳴く。その度に僕は手をバタバタと振る。夏美は焼きそばを半分ぐらい食べると、
「なんだかんだで半分食べちゃった。お待たせ。どうぞ。」
と言って僕に残りを渡してくる。僕がそれを食べていると、夏美はハンカチを出して口元を拭う。そして思いついた様に話し出す。
「ねえ、すごく楽しい。」
僕は焼きそばを口に入れながら、ふふんと鼻を鳴らす。
「好きな人と一緒にいるって、こんなに楽しいんだね。」
「なんだよそれ。おまえからそんなこと言うなんて、気持ち悪いな。」
と言いながら僕は、照れ隠しに焼きそばを頬張り視線を落とす。その視線の先、左腕に蚊が止まっていることを発見する。僕はゆっくりと箸を置くと、臨戦態勢に入る。
「茶化さないでよ。本当に、今はそう思うの。」
「ふーん。」
僕はそーっと右手を蚊に寄せていく。そしてここぞとばかりに蚊を目がけて右手を振るう。パチン!!と音がして蚊を捕らえる。夏美が続ける。
「本当に、色々あったから、なおさら。」
その言葉が一瞬僕の胸をえぐる。少し考えた後で僕は言う。
「そっか。生きてればこそ、って所だね。」
「うん。」
蚊を捕らえた右手を裏返す。赤い血の中に、絡まった細い針金のような蚊の死骸が姿を現す。僕は何も言わない。ウーロン茶を一口飲み、夏美が口を開く。
「ねえ、ちょっとだけお願いがあるんだけど。」
「何?」
僕の返事に夏美は少しうつむく。
「怒らない?」
「んー、わかんない。でも、こんなところで怒るほど俺は空気の読めない人間じゃないよ。」
と言って、血の付いた手をベンチの縁にこすりつけ拭うと、焼きそばへ箸を進める。
「じゃあ、言うね。私、この幸せを少しだけ春美にも分けてあげたい。」
僕の箸が止まる。桜の木の下で、冬美が話していたことを思い出す。そして焼きそばを見つめたまま、言葉を探す。
「夏美は優しいね。亡くなった春美ちゃんのことをまだ思っているんだから。」
思いつく精一杯の言葉を並べる。
「そんなんじゃないの。あのね、少しの間、春美になってもいい?」
僕の思考が一瞬停止する。そしてすぐに我に返り、低いトーンで返す。
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