【小説】ひのはな(11)

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ひまわり

ふいのことで足元がおぼつかず、僕はそのまま地面に仰向けで倒れる。さらに、
「危険です!離れなさい!!」
と、怒声を浴びせられる。一瞬何が起こったのか分からない。声の先に目をやると全身銀色の服に身を包んだ消防隊員がこちらを睨みつけている。僕はゆっくりと立ち上がると服についた土を払い、隊員を無視して玄関に向かって歩き出す。隊員が慌てて僕の行く手を阻む。
「君!何をやっているんだ!!」
その言葉が癇に障る。
「何をやってるって、助けるんだよ。」
自分でも驚くほど感情のない声で答える。進もうとする僕を押し戻しながら、
「やめなさい。危険です!!」
と制してくる。僕はその手を振り払う。
「どけよ。」
「やめなさい!」
「どけっつってんだよ!!」
僕は隊員を振り切って玄関のドアノブを掴む。しかし、また後ろから隊員に掴まれ後ろに突き飛ばされる。
「離れなさい!あなたの様に気が動転している人間が、火災に巻き込まれたり、助けられるべき命を亡くしたりするんです。隊員の指示に従って下さい!!」
隊員の言葉を聞きながら僕は立ち上がると詰め寄る。
「だったらオメーはここで何やってんだよ?さっさと助けに行けよ!!」
僕は目をひん剥いて言う。
「指示が出ればすぐにでも向かいます。」
「指示?指示だと?そんなもん待ってたら手遅れになるだろうが!!」
「むやみに動くわけにはいきません!状況を正確に判断して火災と被害者を最小限に抑えなくてはなりません!」
「そんなこと言ったって、もう燃えてんじゃねえか!!」
僕は隊員に掴みかかる。隊員は僕の手を振り払うと、
「私だって今にも飛び込みたい!目の前に助けたい命があるんです。ただその命の為に勝手な行動をして、救える命が失われるかも知れないんです!分かってください。」
と、目に涙を浮かべながら説得してくる。
「頼むよ……。早く助けてくれよ!なあ、頼むよ!!」
「最善を尽くします!!」
僕はそれ以上の言葉を失い、隊員の指示に従って家から離れる。しばらくして指示が出たのだろう、先ほどの隊員は真っ先に走り出す。玄関のドアを破り、何人かが夏美の家に侵入する。僕はテキパキと無駄のない動きをする隊員達を見つめながら、ただ祈ることしか出来ない。
数十秒後、驚くべき光景を目の当たりにする。あの隊員が、玄関から出てくる。両手に夏美を抱えている。僕はすぐに夏美のもとへ駆け寄る。火傷の跡もなさそうで、うつろだが目を開けている。
「夏美!!夏美、良かった。」
僕は目に涙を浮かべて話しかける。開かれた夏美の目がゆっくりとこちらを向くが、反応はない。
「下がりなさい!」
と言う言葉と共に僕は別の隊員に体ごと後方に引っ張られる。間もなく夏美は救急隊員のストレッチャーに乗せられ救急車に運ばれていく。僕は一緒に救急車に乗り込もうとそれに付いて行くと、隊員が、
「どなたか付き添いを一名。」
と、野次馬に向かって声を掛ける。僕が返事をしようとすると、
「私!私が付き添います!!」
と、見ず知らずのおばさんが目に涙を浮かべながら名乗りを上げる。隊員が、あなたは?と質問すると、
「この子のおばさん。」
と言いながら救急車に乗り込む。僕も乗り込もうとしたが隊員に止められる。僕はどうしたら良いのか分からずその場に立ち尽くす。バタンと大きな音を立ててドアが閉められる。なかなか発進しない。中で応急処置をしているようだ。白いカーテンの隙間から、手当てにあたる隊員が見える。夏美の家を振り返るとまだ炎は収まっていない。僕は残された三姉妹の顔を思い出す。きっと大丈夫だ。きっと大丈夫だ。と祈る思いでそれを見つめる。数分後、救急車が大きなサイレンを鳴らして動き出す。僕は一瞬どうしようか悩んだが、走ってそれを追いかける。途中、消防隊員にあの救急車はどこに行くのかと質問したが、おそらく総合病院だろうねと言う曖昧な解答しか得られない。自分が何をしているのかよく分からなくなってくる。当然、追いかけている救急車からは引き離され、見失う。真っ暗な住宅街の中で放心している僕に、徐々に失われていく救急車のサイレンだけが響く。
しばらくして我に返り、僕は来た道を走って戻ると、火事の現場を素通りして車を駐車したコンビニまで行く。車に乗り込むとすぐにカーナビを立ち上げ、付近の病院で検索をする。救急車が向かった方面と照らし合わせて、総合病院を割り当てると、そこにセットして車を走らせる。深夜で道路がさほど混み合っていない。僕は何度も深呼吸をし、気持ちを落ち着かせつつナビに従う。
数分で総合病院に到着すると、『救急入口』と書いてあるところから車を入れ、駐車場に停める。急いで車を降りて小走りで病院に向かう。入り口の自動ドアの動きがやけに遅く感じる。体一つ分ドアが開いたところで体をねじ込むように侵入すると、受付の看護婦に駆け寄る。
「すみません!今、救急車で運ばれた坂本夏美はこちらにいますか?」
深夜の病院にはふさわしくない僕の大きな声に、50代ぐらいの小太りの看護婦が、金縁のメガネの奥から物騒なものでも見るように僕をじっとりと観察してくる。
「あの、すみません、急いでるんです。坂本夏美はこちらにいますか?」
僕が焦れば焦るほど看護婦は疑いの眼差しを僕に突き刺してくる。
女性は何も言わずパラパラと名簿のようなものを開く。おそらく10秒と経っていないが僕は待ちきれずしゃべりだす。
「あの、さっき火事があったところから運ばれたと思うんですが?ついさっきなんです。」
それを聞いて看護婦は僕の方を一度見ると、
「少々お待ち下さい。」
とだけ言って、面倒くさそうに立ち上がりこちらに背を向けてどこかに電話を始める。誰と何を話しているのかはわからない。早くしてくれという焦る気持ちで僕は看護婦の背中を見つめる。30秒ほどで看護婦が戻ってくる。
「坂本夏美さん、はい、こちらにいらっしゃいます。」
と、その事実を煩わしそうに答える。
「良かった。あの、面会……。」
「ご家族様でいらっしゃいますか?」
まるで僕の言うことを予知していたかのように切り返してくる。
「い、いえ。その、彼女なんです。」
そう言いながら、自分はなんでこんなことを赤の他人に発表しなければならないのだろうと、少し恥をかかされた気分になる。
「申し訳ありませんが、本日の面会時間は終了致しました。明日の13時以降にいらしてください。」
と、まったく申し訳なくもなさそうな口ぶりで言う。
「すみません。無理は承知の上です。なんとかお会いできないでしょうか?」
僕は食い下がる。
「ただいま検査をしておりまして何時になるかわかりませんし、夏美さんは個室を希望されておりません。他の患者様のこともありますのでどうぞお引取り下さい。」
と、決められたセリフのようにずらずらと言葉を並べる。
「あの、部屋がダメなら、廊下でも広間でも良いんです。なんとかならないでしょうか?」
看護婦は呆れたとでも言わんばかりの表情で、
「先ほど救急車で運ばれたばかりです。まだ容体も分からないのに、経過を観ることもなく廊下に連れ出すことは患者様のお体に障ります。それに当院では、面会は患者様の意思を尊重しております。」
遠まわしだが、その意図が伝わる。火事現場から先ほど救急車で運ばれた彼女に会いたいから、他の患者のことなんかどうでもいいから病院に入れろと言い、それが出来ないなら容体はどうあれ患者である彼女をどこかに引きずり出してでも会いたいと僕は言っているのだ。夫でもない、戸籍上赤の他人である彼氏が。総ての病院がそうかは分からないし、この病院の規則がそうかすら僕には分からない。しかし僕は、自分のわがままと無鉄砲さを情けなく思う。隊員に抱きかかえられて出てきた時、夏美は火傷などしているようには見えなかった。きっと大丈夫であろうと信じ、僕は病院を後にする。
車に戻ってからも、僕は気が動転していたからとは言え、自分の行動を振り返り恥ずかしい気持ちで胸が押し潰される思いでいる。この格好のまま火の中に飛び込もうとしたり、救助に来てくれた消防隊員に早く助けに行けと掴みかかってみたり、深夜の病院に押しかけ、無理やり入り込もうとしたり。どんな時でも冷静な行動を心がけていたが、僕にはそれが出来なかった。