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【小説】ひのはな(10)

ひまわり

第三章

 

僕は大きく口を開けてあくびをする。監視カメラが目に入りそれを慌てて噛み殺す。海の疲れのせいで立っているのに眠気がなくならない。同僚に急用が入り、僕は代わりに勤務することになった。

今日、海水浴を終えて僕らは駐車場に戻り、夏美が更衣室で着替えている間に、僕は車の中でさっさと着替えを済ませ、何気なく携帯を確認すると、高橋伸介と言う同僚から二件着信があった。僕は少し迷ったが夏美が戻ってくる気配もなかったので折り返してみることにした。伸介はすぐに電話に出た。
「おい、大輔か?」
彼は少し慌てた様子で話してきた。
「ああ、どうした?」
「今、どこにいる?」
「熱海だよ。海に行ってたんだ。」
「熱海か、何時に戻れる?」
「さあ、渋滞次第だけど、目安で三、四時間くらいかな。」
「そうか。そのあとは予定あるのか?」
一方的に質問を繰り返され、僕は少しイライラした。
「さっさと用件を言ってくれないか?俺はせっかくの休みを満喫しているところなんだ。」
「あー、悪い悪い。怒らないでくれよ。で、その、仕事を忘れているところ申し訳ないんだが。」
そのキーワードを聞いておおよその想像が付いた。
「……まさか。」
「すまん!24時まででいいんだ。シフト代わってくれないか?」
僕は深くため息をついた。
「無理だよ。そんな急に。」
「頼むよー。おまえしかいないんだ。」
「理由は?」
「理由は、聞かずになんとか。」
「馬鹿か?それなりの理由がなきゃ代わらないぞ?普通。社会人の急な欠勤が許されるのは冠婚葬祭だけだ。家族になにかあったわけじゃないんだろ?」
「残念ながらみんな元気だ。」
「残念って言うな。」
「とにかくよー。千載一遇のチャンスなんだ。」
それを聞いてピンと来た。
「伸介、……女か?」
「……。」
「図星だな?」
「そ、そうだ。もしかしたら、今日、とうとう付き合えるかもしれない。」
「また例の女か。何年経つんだ?一体。そのうちストーカーとか言われて訴えられるぞ?」
「今回で最後にする。だから、なあ?」
「そんなに良い女なのかよ?見たこともねえからわからないけど。」
「心が読めない感じが興味をそそるんだよ。」
僕は鼻で笑った。
「そのせいでずっとモノに出来てないじゃないか。」
「それが、今回は初めてあっちから誘ってきたんだ。頼むよ。男なら気持ちがわかるだろ?」
「わかるけどよ。今回ダメだったらホントに諦められるのか?おまえの為に言っとくけど、あんまりしつこいマネはしないほうがいいぜ?」
「そうならないために今日決着をつける。今日はなんだかいけそうな気がしてるんだ。」
「なんの根拠があって……。分かったよ、なら頑張れ。」
「え?じゃ、じゃあ。」
「良いよ。おまえの今後の為だ。代わってやるよ。」
「ほんとか?マジでありがとう!」
「一応言っておくけど、今日は俺だってチャンスなんだぜ?」
「じゃあ、こっちに着いたら連絡くれ。」
「おい、ちょっと。」
伸介はこちらの話をまるで無視をして電話を切った。携帯画面を見つめたまま僕はため息をついた。

電話のことを思い出して腹を立てると少し眠気が引く。しかし体は正直なものでまたあくびがでる。右手で覆いながらそれを噛み殺していると、
「おい、佐藤。ずいぶん眠そうだな?」
と、同僚に話しかけられる。
「悪い。今日、本当は休みなんだけど、急用が出来たって言われて急遽出てるんだ。」
「大変だな。まあ、本当は休みだったかどうかは別として、しっかりやってくれよ?なんかあったら二人の連帯責任なんだから。」
「申し分けない。そうならないようにしっかりやるよ。」
僕はそういって軽く謝ると、改めて気を引き締める。

ようやく24時になり、伸介がやってくる。僕は見つけるなり抗議する。
「おい!人が代わってやるってのに、あの電話の切り方はないだろう。」
「電話?え?ああ、ごめん。」
伸介から、まったく覇気が感じられない。
「おい、まさか、ダメだったのか?」
ただ首を振る。なんだかうわの空と言った感じだ。こりゃあダメだったな。僕は深く詮索するのはやめて軽く伸介の背中を叩くとその場を去る。
タイムカードを切ると僕は小走りで地下の駐車場に向かい車に乗り込む。エンジンをかけると、すぐには車を走らせずにカーラジオをつける。車内に経済ニュースが流れる。僕は少し悩み番組を変える。いくつか選局したが気分に合うものがなかったので諦めてラジオを切る。沈黙を期待していたが、遠くで消防車のサイレンが鳴っている。火事かな?僕はやや後ろめたい気持ちになったが、少し窓を開けると、カーナビの下のポケットからタバコを取り出し火をつける。サイレンの音が遠くなり、やがて沈黙がやってくる。僕はポケットから携帯を取り出すと、メールを起動する。『今終わったよ。さすがに疲れているからもう寝ているかな?今日は俺も眠い。また明日起きたら連絡くれ。それから、例の同僚、どうやらダメだったらしい……。じゃあ、おやすみ。』と、簡単な文章を作成し夏美宛に送信する。タバコを吸いながら返事を待ったが、吸い終わっても返信がないので諦めて携帯を閉じる。ポケットからガムを取り出し口に放り込むと、ヘッドライトを付けて車を発進させる。夜の街を運転しながら、夏美の鼻歌を思い出す。そしてふと、春美の真似をした夏美のことが気に掛かる。
「まさかな。」
と、ひとりごつと、ハンドルを握り締めシートの上で姿勢を直す。眠気を覚ますために頭を軽く振る。と、またしてもどこかから消防車のサイレンが聞こえる。バックミラーに目をやると、中にクルクルと回る赤いランプを確認する。五台ほど先を走るトラックのハザードが点滅し路肩に停車する。それに続いて後続車も徐行する。やれやれと思いハザードランプを点けて徐行し、念のため路肩に車を停める。消防車は僕の車の横を通り過ぎる。それに続くように路肩に停車していた車が徐行しながら本線に戻っていく。僕もそれに続くと、何気なく離れていく消防車の赤い光を追う。しばらく直進したが、赤い光は小さい交差点で左折する。しかし左折してすぐに動かなくなる。少し嫌な予感がする。左折した先は夏美の家がある住宅街だ。道が狭くてなかなか進めないのだろう。僕は近くのコンビニに駐車し、念のため夏美に電話をしてみる。何コールしても電話に出ない。一瞬最悪のシナリオを想像して、すぐにそれを振り切る。夏美の家でないことをこの目で確かめればいい。僕は車を飛び出すと消防車の方へ走り出す。不謹慎かもしれないが、夏美の家でないことを願う。消防車に追いつくと、案の定、狭い道に苦戦して徐行を余儀なくされているようだ。僕はイライラしながら消防車の後ろで足踏みをする。夏美は一向に電話にでない。何人かの住人が、サイレンの音に驚いたように窓から顔を出す。火事がどの辺りなのかを把握すべく、炎に赤く染められているだろう夜空を探すが、軒並み二階建ての家ばかりでままならない。そのまま100メートルほど進んだところで少し道が広くなり、消防車が速度を上げる。僕もそれに続いて走り出す。そして念ずる。そこで、右に曲がるな。絶対に右に曲がるな。祈りも虚しく赤い光は右に曲がる。消防車がさらに先に進み、視界が開ける。
火事というのは、もっと家屋全体を炎が踊るように焼き尽くしていくものだと思っていた。しかしそうではなかった。最近の住宅は火災に強い素材で出来ているのだろう。家屋は頑なにその形状を保ったまま、開放された窓から黒煙が上がり、時折その影から踊り狂うようにオレンジ色の炎が顔を出す。僕にそう教えてくれたのは他でもない、夏美の家だ。先に到着した消防車は、すでに放水を始めている。聴力が失われ、世界が無音になる。時間の概念が失われ、世界がスローモーションになる。気付けば僕の脚は、夏美の家へ向けて全力で動いている。家の前に数人の野次馬がいたが、僕はそれを跳ね除けるように門をくぐり、2メートル程連なる石畳の上を駆け抜けて玄関のドアノブに噛り付く。その直後、僕はTシャツの襟を後ろから掴まれ、さらに前から首に手を回されると強い力で後方に突き飛ばされる。ふいのことで足元がおぼつかず、僕はそのまま地面に仰向けに叩きつけられる。

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