彼女は諦めて箸を取って言う。
「じゃあ、いただきましょう。鶴は千年、亀は万年、鶴さんのようにツルツル飲まず、亀さんのようによくカメカメ~!せーのっ、」
「あああ!ごめんちょっと!!」
「なに?」
「なにそれ?」
「え?やってないの?いただきますの儀式。」
「・・・。少なくともこれまでは・・・。」
「ふーん。鶴は千年、亀は万年・・・。」
オーケー、付き合おう。まるでお遊戯会のような儀式を終えて僕らは箸を動かし始める。
そして始まるのはフードファイトだ。
「あ!味見してないから不味かったらゴメン。」
なぜ?
なぜ味見をしないんだい?料理に自信のない女は良くこんなことを言うもんだ。
と、大して女の子の料理を食ったことのなさそうな友達が得意げに言っていた。
僕はおそるおそる味噌汁に口を運ぶ。
あ、旨い。
続けて他の料理にも口を運ぶ。そのどれもが間違いなく合格点だった。
「おいしいよ。味噌汁は何でダシをとったの?」
「ほんだしってヤツ。」
さすがは味の素食品。
「このチャーハンは?」
「味の素を入れたの。」
「ほうれん草のおひたしは?」
「味の素かけたの。」
僕はコンソメスープを見つめる。
オーケー、きっと味の素食品のやつだ。君のかわりに僕が味の素食品に感謝状を送っておこう。
僕はご飯がないために本領を発揮できていないカレーをスプーンで取り分ける。
彼女の得意料理だ。コレだけの料理を出来る彼女だ、きっとカレーは相当旨いんだろう。ためらいもなくスプーンを口に運ぶ。
あま〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!!!
なんて甘さだ。カレーが甘いなんて、なんて名前負けしている食べ物なんだ。プリンがプリンとしていないようなもんだ。
「このカレーってどうやって作ったの?」
「カレーの王子様。」
得意料理レトルトかい!S&Bかい!!ここにきて味の素じゃないんかい!!
「でもそれだけじゃないんだよ。カレーに甘みを出すために、にんじんをおろし機でおろしていれてまーす。」
「すばらしい。」
ただカレーの王子様は元からあまーくできているんだよ。なにしろ王子様だからね。元来王子様とは辛いのが苦手なんだ。これからは君がスーパーでカレーを選ぶときは、ボンカレーにすべきだ。あれは良いよ。実にロングセラーだ。ひらひらとした襟の真っ白いコットンのブラウスを着て笑顔でこちらを見ながらカレーを口に運ぶ昭和の香りのする女性を思い浮かべる。
カレーは別としてそのほかの煮物も中華料理もなかなかの味でおいしく食べることができた。ただ、量が多い。
後半の僕はご飯を食べるというよりモノを口に運び、噛み、奥に流し込む、そう、作業だった。
箸を休めた彼女は言う。
「人間はね、腹八分目が良いんだって。」
「それが理想的だね。」
僕はそう言った彼女を八分目くらいまで恨んだ。
厳しいな、これ以上は食えない・・・。僕が限界を感じているというのに、彼女の箸の動きは止まらない。
僕は関心しながら、
「へえー、結構食べるね?」
ピクッと彼女が止まる。
やば。なんか、不味いこと言ったかな・・・。
「この美貌を維持するためにはこのくらいの食事が必要なのよ。」
「へえ~。」
そう言いながら、
「そろそろお酒でもどう?」
と彼女が続ける。そういえばこの部屋に来て以来びっくりの連続で大好きなお酒のことを忘れていた。
「お、いいね~。ビールある?」
「ごめん、今切らしちゃってて・・・。」
「じゃあ、ウイスキーは?」
彼女は黙って首を振る。そうか、女の子だもんな。缶チューハイか、果実酒とかしかないか。
「ん~、逆に何があるかな?」
「グサノロホ」
「・・・・・・。」
僕は少し上のほうを見つめながら考える。そしてそれを諦めもう一度聞く。
「なにがあるって?」
「グ・サ・ノ・ロ・ホ。テキーラよ。ちょっと持ってきてあげる。」
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