【小説】ひのはな(12)

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ひまわり

自分の軽率な行動を反省していると、僕は大事なことを思い出す。他の姉妹は助かったのだろうか?僕は居ても立っても居られなくなり、エンジンを掛けると先ほどのコンビニまで車を走らせる。急いで車から降りると、夏美の家まで走る。すっかりと鎮火しているようにみえるが、依然として消火作業は続いている。周囲に立ち入り禁止の黄色いテープが張られており、近づけない。その代わりにパジャマ姿の野次馬達が増え、がやがやと話をしている。そのうちの一組から、
「他の家族はダメだったらしいわよ。」
「あらやだ、怖いわねー。」
と言う話し声が聞こえてくる。僕はまさかと思い、その話をしているおばさん二人に詰め寄る。
「それは、本当ですか!?」
二人のおばさんは驚いたように同時に僕の方を見ると、僕の真剣な表情に、
「え?わからないけど、そうだって話よ?本当かどうかは私知らないわよ。」
と、ばつの悪そうな顔をしてそっぽを向く。かまわず僕は会話を続ける。
「それは誰の情報ですか?本当のことを知りたいんです。」
「誰のって……。一体なんなの?あんた。」
と視線を逸らしながら言ってくる。それを見て僕は、こいつらは想像でモノを言って噂話を楽しんでいるだけのどうしようもない馬鹿だと割り切る。僕は近くで作業をしている隊員を捕まえ、真偽を確かめようとするが、事態を把握していないのか答えてはいけない決まりなのか、教えてくれない。誰か真実を知るものはいないかと辺りを見渡すと、先ほど家の前で口論した隊員をみつける。僕は近寄ると、作業をする彼の背中に向かって、
「さっきは掴みかかってすまなかった。本当に申し訳ないと思ってる。」
と、言う。その言葉で僕の声がさっきのヤツだと認識したのだろうか、彼は背中を向けたまま作業の手を止める。そして、
「良いですよ。よくある事です。」
と言う。僕は続ける。
「なあ、そこらで他の家族はダメだったなんて噂してる馬鹿どもがいるんだけど、みんな……、助かったんだろ?」
隊員は黙っている。返事の遅さに僕は動揺する。
「おい、なんで、黙ってんだよ。なあ、大丈夫、だったんだろ?」
僕の問いには答えず、ただ背中を見せている。
「おい、まさか……。」
その先を僕が言い終える前に、彼はこちらを振り返りながら、
「最善は……、尽くしました。」
と言う。その目に涙が浮かんでいる。それが総てを物語っていると悟る。僕はその場に膝から崩れ落ち、座り込む。整理がつかない。三人の姉妹の顔が、入れ替わりたちかわりで頭の中をよぎる。
どれだけそこに座り込んでいただろう。僕は我に返り車を停めてあるコンビニへ向けて歩き出す。歩き出してすぐに野次馬達がいて、その中に先ほどの二人組みのおばさんを見つける。相変わらずペチャクチャと話をしている。僕はふらっとそこに歩いていき、
「人が死んだとか生きたとかっていう話をよ、勝手な想像で世間話みたいにくっちゃべってんじゃねえよ馬鹿やろう。」
と吐き捨てその場を後にする。背中に小さい声で非難の言葉を浴びたが僕はかまわず歩みを進める。自分が死んだ魚のような目をしていることが、鏡を見なくてもわかる。車に戻ってからも、しばらくなにもせず黙っている。ふと、僕は財布からシフト表を取り出すと、それを入念に調べる。そして携帯を取ると、『夜中に申し訳ない。嘘みたいな話なんだが、彼女の家がさっき火事になって、病院に運ばれた彼女の看病に行きたい。明日の10時からのシフト代わってくれないか?15時までには会社に行けるようにする。すまんが、頼む。』と言う内容のメールを伸介宛に送る。夜勤明けで、しかも女に振られ傷心中の伸介にはきついと思うが、今日はあいつのデートの為に代わってやったんだ。彼女のお見舞いのためなら代わってくれるだろう。携帯を閉じると僕は車を走らせ帰路に着く。部屋に戻り、簡単にシャワーを浴びる。温水が肌を刺激してヒリヒリする。それで初めて、そういえば今日、海に行ったのだな、と思い出す。電気を消して布団に入ってもなかなか眠れない。枕元のデジタル時計は深夜3時を示している。念のため目覚ましを8時にセットする。目をつむるとまぶたの裏側に、夏美の顔と、他の三姉妹の顔、そして燃えている家屋の記憶が映し出される。全てが夢であったらと、浅はかな現実逃避と戦う。

ピピピピピピ!!というデジタル音がする。疲れは取れていない。体を起こすと、右手で左肩を揉みながら首を回す。いつものように上手くポキポキとは鳴らない。しかし心は幾分か落ち着いていることを実感する。辺りを見渡すと携帯電話を探し当て、充電器ケーブルを引き抜く。伸介からの返信を確認するべく携帯を開いて見るが受信メールはない。念のためメールセンターへの問い合わせを試みるが、予想通り受信メールは0件だ。昨夜は途中まで自分が代わっていたから、24時入りの5時までのシフト、すでにメールは確認しているはずだ。少し迷ったが電話を掛けてみる。昨日、海の駐車場から電話したときはすぐに出たくせに、何コール待っても電話に出ない。これは交渉決裂だなと思い、会社に電話をする。休みをもらえないかと事情を説明するがまるで取り合ってもらえない。家族ならまだしも、彼女だ彼氏だ友達だと言う理由まで相手にして欠勤を許していたら、お客様の安心を売り物にしている警備会社は成り立たないと言われる。少し腹が立ったが、相手の立場で考えればごもっともだと思う。代わりを立てるか出勤するかの選択を迫られる。僕は一度電話を切ると、どうしたものかと考える。これまで無遅刻無欠勤でやってきた。事情があれば誰かの代わりに出勤もした。なぜこんな時くらい欠勤させてくれないのだろう。このまま辞めてしまおうかと言う気持ちが頭をよぎるが、すぐにそれを振り切る。そんな無責任なことはしたくない。バイトだろうがけじめはけじめ、社会人としての責任を放棄するわけにはいかない。仮眠程度の睡眠ではあったが、やはりいつもの自分を取り戻していると確信する。僕は出勤を決意し、しかしせめて夏美の容体だけでも確認しようと、パソコンを立ち上げると、昨日の病院を検索し電話する。3コールで若い女性が電話に出る。
「すみません。昨夜、そちらに救急車で運ばれた坂本夏美というものの容体を確認したいんですが。」
僕の依頼に若い女性は少し沈黙する。
「恐れ入りますが当院では、そういった内容はお電話ではお答えしかねます。」
「え?そうなんですか。」
「はい。おそらく、多くの病院がそうかと思いますが。」
「すみません。知りませんでした。あの、せめて、大丈夫なのかどうかを確認することは出来ませんか?」
「大丈夫なのかと言いますと?」
「あの、昨日深夜に救急車で運ばれたんです。だから、問題ないのかなって……。」
「それはつまり、容体の確認と言うことですよね?」
「いえ、その、こんな聞き方、変かも知れないんですけど、問題なく……、生きてるんですよね?」
食い下がる僕を面倒だと思っているだろうか?また少し沈黙する。
「坂本夏美さんですね。失礼ですが、お名前を伺えますか?」
「佐藤大輔といいます。あの、彼女なんです。」
「……、わかりました。少々お待ち下さい。」
と言って電話を保留にされる。どこかで聴いた記憶のあるクラシック音楽が安っぽい単音で耳に入り込んでくる。おそらく病院側の狙い通りだろう、不思議と少し気分が安らぐ。待っている間に僕はパソコンを操作しながら病院の面会時間を調べる。13時~20時までと記載されている。三分ほどで保留音が途絶える。