【小説】ひのはな(9)

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ひまわり

そこまで言って僕はハッとする。花見のときに冬美が言っていた、『彼と別れてから何日かして、夏美は春美になったの。』という言葉を思い出す。
「春美ちゃんみたいなってどういう意味ですか?私は春美です。」
「え?」
一瞬で血の気が引いていくのを実感する。僕は夏美の顔をちらりと見る。
「お、おい!夏美?どうした、大丈夫か?」
「夏美姉さんは今日は家族で旅行に行ってます。大丈夫、元気にしてますよ。」
ハンドルを持つ手が震えてくる。
「冗談だろ?夏美。なあ、嘘だよな?」
「大輔さん、夏美夏美って姉さんのことばっかり。そんなに夏美姉さんのことが好きなんですか?」
冬美や秋子は、春美になった夏美を、春美として扱ったと言っていた。逆なでをせずに春美として扱うべきなのだろうか?等間隔に並ぶオレンジ色のライトの先に、白い光りが見える。出口だ。
「そうだよ。俺は夏美が好きだよ。ずっと一緒にいたいって思うくらい好きだ。」
変な演技をせずに感情に任せて話す。車が白い光りに飲み込まれトンネルを抜ける。また広大な夕焼けの空が広がる。
「私も大好きだよ。」
と言って、いたずらな笑顔で夏美がこちらを見ている。
「え?」
僕は呆然としている。
「驚いた?あの花見のとき、春美が私のモノマネしたじゃない?実は、私も春美のモノマネ出来るんだよ。すっごくそっくりで、春美本人も似てるって言ったくらい。まあ、双子だから当然かー。」
そう言ってからからと笑う。僕はまだ整理がつかずにいる。
「おまえ……、夏美か?」
「あったりまえじゃん。え?本気で春美だと思ったの?」
僕はその言葉に目も合わせずに頷く。夏美が笑い出す。
「そんなわけないじゃーん!!今日一日一緒にいて、春美がずっと私のモノマネしてたらすごいわ。」
「そりゃそうか……。」
僕は無理に納得したふりをする。なんにせよ、病気が再発したのではないことを確信し、ホッと胸をなでおろす。
「そんなに似てたー?」
「そんなに似てた。」
「春美だったのかって思った?」
「そうは思わないけど、ビックリした。目が覚めたよ。」
「私ね、春美が大好きなの。だから、そう言われるとちょっとうれしいな。」
うつむいて、そうつぶやく。
「正直俺は勘弁だな。もう春美ちゃんのモノマネはやめてくれ。」
「ええー?私から特技を奪うの?」
「洒落にならないからやめてくれ。新しい特技を見つけると良い。」
「洒落にならないからやめてくれ。新しい特技を見つけると良い。」
「俺のモノマネもダメ。っていうか似てないし。」
「えー?あれもこれも全部ダメじゃん。けちー。」
「けちー、で結構。ホッとしたら眠くなってきた。ちょっとコーヒーを取ってくれ。」
僕がそういうと夏美は面倒くさそうに体をよじりビニール袋をガサガサと探り出す。僕は嫌な予感がして、
「言っておくけどサラミは要らないからね?」
「そんな同じボケを何回もしないわよ。」
ブーブーと文句を言いながら僕に缶ビールを渡してくる。
「ありがとう。」
と受け取り、それをドリンクホルダーに置く。そして十分に時間を置いてから、
「本当に飲むぞ!馬鹿!!」
と言う。それをきっかけに二人は笑い出す。日に焼けた赤い顔、マゼンタのTシャツ、そしてオレンジ色の夕日。車は東京に向かって移動する。夏美の鼻歌だけが、ずっと車内に響いている。

「悪いわね?仕事なのに家まで送ってもらっちゃって。今日はありがとう。楽しかった。」
「いや、良いんだよ。どうせ会社に行く通り道だし。俺の方こそ楽しかった。まさか仕事が入るとは思わなかったけど。」
「何時まで?」
「24時まで。はあ、焼けた肌が痛み出してるってのに。」
夏美の家の前で車を停めて、僕は急に仕事が入ったことを愚痴っている。
「いいじゃない。仕事はあるうちが華。こき使われているうちが華。」
「ひとごとみたいに。はぁー、俺の人生の華はいずこへ……。」
「あら、ここにいるじゃない。」
夏美は冗談めかしく自分の顔を指差しながら抗議する。僕は目をこすりながら、
「え?どこ?」
と質問する。夏美はそれを見てムッとしたように、
「こーこ!」
と顔を近づけてくる。
「見えない見えない。」
そう言って顔を近づけると、無理やり夏美の腕を掴んでキスをする。
「ちょっ!」
と、一瞬抵抗したがすぐに目をつむり体を委ねてくる。少しして夏美を解放すると僕は、
「付き合って約四ヶ月。やっとキスだよ。」
「やっとって、早ければ良いってもんでもないでしょ?」
と、怒り口調で荷物をまとめながら言う。
「おっしゃるとおり。でも俺には果てしなく先のことのように思えたから。」
「もう行くからね?じゃあ、仕事頑張って。あ、それから、居眠り運転で事故起こさないでよ?特にこの辺は住宅街で道が狭いから。」
そう言って車から降りる。
「うん。気をつけるよ。そっちは疲れてるでしょ?ゆっくりおやすみ。また連絡するよ。」
「うん、待ってる。っていうか別に私からも連絡するし。じゃあね。」
バタンとドアを閉める。夏美はそのまま軽やかな足取りで家の玄関まで行き、そこで振り返るとこちらに手を振る。僕もそれに答えるように手を振ると、軽くクラクションを鳴らして、ゆっくりと車を走らせる。夏美の言うとおり、早ければ良いってもんでもないなと思う。僕は上機嫌にカーラジオをつけると、流れてくる夏のメロディーを口ずさみながらアクセルを踏み込む。音を立ててエンジンが唸り、職場へ向けて車は加速する。こらえる必要もなくなった僕の顔面に笑顔がこぼれる。

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