【小説】ひのはな(2)

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ひまわり

「そういえば、大体想像はつくんですけど、なんで四姉妹、春夏秋冬って名前に季節が入っているんですか?」
僕は誰とも無く皆に向かって問う。
「そんな面倒くさい質問、夏美と二人きりの時に勝手に聞けや。」
秋子が言う。僕は鼻から息を吐き出すと、
「そうしたくたって、二人きりになれないじゃないですか。」
と、歯軋りしながら言う。
「あー、もう良い。私が説明する。それぞれがその季節に生まれただけよ。うちのお父さん、発想が安易だから。」
そう言いながら夏美はバックからタバコを取り出す。箱の中から一本取り出し口にくわえると、目を細めながらライターで火を点け煙を吸い込む。そして顔を上に向けて一口目をすぐに吐き出す。
「いや、それは想像がついたけど、夏美と春美ちゃんは双子だろ?同じ季節に生まれたんじゃないの?」
「その質問、たぶん人生で100回目だわ。もう、簡単で良い?あのね、5月31日の24時前に片方が生まれて、6月1日0時過ぎにもう片方が生まれたわけ。双子って言っても、時間差で生まれてくるからね。社会通念上、5月は春、6月はもう夏。それで春美と夏美。」
言い終えると夏美は二口目の煙を肺にたっぷりと吸い込み、ふーっと吐き出す。
「え?じゃあ、本当なら春美ちゃんの方が夏美よりもお姉ちゃんじゃないか。なんで春美ちゃんが夏美姉さんって……、」
「お父さんが間違えたの!!」
間髪入れずに夏美が吐き捨てる。さらに冬美がゆっくりと、
「うちのお父さん、少し頭が悪いのよ。」
と、軽々と父親批判をやってのける。
「え?じゃあ、先に生まれた夏美が本当は春美姉さんで、後に生まれた春美ちゃんが本当は夏美だったってこと?」
「そういうことね。でも、別に良いのよ。うちのお父さん適当で、女の子が生まれたら、生まれた季節に美って文字を付ければ良いって決めていた人なんだから。女の子が生まれたらそうしようと思っていたんだけれど、さっそく二人目の女の子が秋に生まれちゃって、本当は秋美にしようとしたのに、そんな名前聞いたことないってお母さんに怒られて秋子にしたのよ。秋美って名前もあるんだろうけど、あまり聞かないからね。それで秋子。」
「ええやろ?秋子。小野妹子と同じやで?」
「そこ喜ぶところですか?」
「と、とにかく!私が夏美お姉ちゃんなの。わかった?」
イライラを隠さずに夏美が言う。
「ごめん。もうこの質問はしないよ。」
僕は夏美の精神的疲労を思って話を終える。冬美は自分のカップに日本酒をトプトプと注ぎながら、
「こんなどうしようもない夏美だけれど、よろしくね。」
と言う。
「もう、彼氏の前でそんな良い方あり?」
夏美が抗議する。
「そうですよ!夏美姉さんは、素敵なお姉さんです!!」
便乗するのは春美だ。
「夏美姉さんは、いつも優しくて、オシャレで、冷静に物事を見てて、頭が良くて、美人なんです!!」
「最後の美人は余計やなー。双子のおまえは絶対言ったらあかんことや。」
秋子のツッコミに春美は赤面する。
「春美ちゃん、ごめんなさいね。私も夏美が大好きだし、とっても素敵な女性だと思うわよ。今のはあくまで社交的謙遜よ。だってそんなこと、実の姉が言ったら親ばかみたいじゃない。」
「あ……。」
そう言って春美は縮こまる。今度は夏美が言う。
「で、でも私だって春美が大好きだよ?女らしくて、おしとやかで、気品があって、それに美人だし。」
「おまえもか!!だから美人ってのは双子が言うたらあかんことやって。」
夏美のフォローに秋子が指摘する。
「しかし毎回思いますけど、二人は本当に似てますね?」
僕は感心したように二人を見比べる。
「ちょ、ちょっとそういう風にあんまりジロジロみないでよね。」
夏美が抗議すると、双子そろって恥ずかしそうにうつむく。
「あ、ごめんごめん。でも、当人以外の二人はどうやってこの二人を見分けているんですか?」
「そんなん、髪が長いか短いかや。」
秋子が即答する。
「それだけですか?」
「あとはそうやなー、なんかしゃべらせるかな。しゃべったらどっちかすぐにわかるからな。」
「それ、どういう意味?」
キッと秋子を睨みつけながら夏美が言う。
「わー、夏美はんが怒ったでー。ほら見たことか、すぐに分かるやないか。」
秋子の言葉に一同が笑い出す。
「双子を判別するにはもう一つ良い方法があるわよ?」
冬美が話し出す。皆が冬美に目を向ける。
「ホクロの位置とか?」
「あー、よく言いますよね。」
と、言いながら僕は夏美と春美の肌に目をやる。しかし見たところどちらもホクロなんかみつからない。
「残念ながらその判別方法は通用しなそうですね。」
僕は諦めて言う。
「あらー、目に見えないところにだってホクロはあるものよ?」
と、冬美は首まで伸びたセーターを少しめくると、色白の首筋にあるホクロを見せてくる。
「おー、そういうことか。」
と言って、僕は目をギラギラさせながらもう一度夏美を見た。
「馬鹿!!」
怒鳴ると同時に夏美は僕の頭を叩く。
「すみません……。」
僕は抵抗することなく謝る。秋子が口を開く。
「夏美ー、見せたったらええやん。減るもんじゃなし。大体なんじゃその露出狂みたいな格好。そんな格好して見るなっちゅう方が間違っとるわ。」
「流行ってんの!!」
「何が流行りじゃ、そんな格好。風邪ひくのがオチやな。」
秋子が喧嘩を売るよう話す。冬美は自分のカップに落ちた桜の花びらを親指と人差し指で丁寧につまみ上げると、
「まあまあいいじゃないの。秋子も彼氏がいるからってそんな男みたいな格好していると逃げられるわよ?」
と、その花びらを見つめながら言う。
「だー!うるさーい!!彼氏のおらん冬美姉には言われとうないわ。うちは今日はフリスビーをしに来たんや。この格好の何が悪い。」
「そ、そうですよ。それに、オレンジは友好的な色なんです。秋子姉さんにピッタリです。」
春美がかばうように言う。冬美はつまんだ花びらを少し悩んだ後でブルーシートの外に向けて指を器用に動かして弾き飛ばし、
「あら、私にはミカンか柿にしか見えないけれど。今にでも剥いて食べてやりたいわ。それに、私にだって言い寄ってくる男性はいるわ。相手にしていないだけ。」
と、興味なしといった様子で答える。
「やかましーわ!あーもう、腹立ったら運動したくなってきた。春美行くでー!」
秋子はガサゴソとバックの中を探ると、中から黄緑色のフリスビーを取り出し春美の手を掴む。
「え?え?」
春美が抵抗するのも無視してグイと手を引くと、秋子は花見客のいないところまで春美を無理やり連れて行く。途中、春美のサンダルが脱げ、あわや転倒かというシーンもあったが無事広場に到着し、秋子はさっそく第一投目を投げる。大方の期待を裏切らず春美はフリスビーを取り損ねる。皆の視線がそっちに向いているときに、僕は夏美のうなじに小さなホクロがあるのを見つける。それを目に焼き付けるようにジッと見る。
「騒がしくてごめんなさいね。」
冬美の言葉に僕は驚き振り返る。
「い、いえ、葬式みたいな花見よりはずっと良いですよ。」
と答える。夏美はタバコの灰が落ちそうになっている事に気付くと、持っているビールを飲み干し、それを灰皿代わりにする。そして新しい缶ビールをクーラーボックスから取り出す。遠くではフリスビーを取り損ねた春美を秋子が怒っている。それを見ながら夏美が、
「こんな四人でも結構楽しいのよ。大輔は兄弟いるんだっけ?」
と言う。そして手に持っている缶ビールを泡がこぼれないように注意を払いながら開ける。
「いや、一人っ子だよ。すみません、失礼します。」
そう言って、僕も胸ポケットからタバコを取り出し火をつけ煙を吸い込むと、それを肺には入れずに夏美とは逆の方に向けて一口目を吐き出す。
「あら、じゃあ長男だから、夏美をうちから奪っていくつもりね?うちの夏美は良い子よ。明朗活発で、気立ても良くて、姉妹では一番まともだから。」
冬美が言う。夏美が少し照れながら、
「姉さんやめてよ。こう見えてコンプレックスの固まりなんだから。」
と言いいながら、間を埋めるようにビールを飲む。
「おまえが?」
僕は大袈裟に質問する。
「ちょっと。」
夏美はこちらをギロリと睨みながら言う。
「私はね、春美が羨ましいの。あんなに女の子らしくて頭も良くて、それに、さっきの会話でも分かったでしょ?あの子はみんなをフォローする優しい子なの。どうやったってあんな風には私はなれない。」
「比べるのはやめなさい。タバコと一緒で百害あって一利なし。」
冬美がややきつめの口調で言う。
「一利なしって……、少し憧れるくらい別に良いじゃない。」
夏美は少しふくれて言う。
「良くない。特に近しい存在に憧れてコンプレックスを抱くのは精神病の元よ?」
「またその話?お姉ちゃんね、大学で心理学を専攻してたからこの手のことにはうるさいのよ。」
夏美が僕に向かって愚痴る。僕が少し解答に悩んでいると、冬美が、
「あなたの為に言っているの。同じ顔を持っていながら中身にコンプレックスを抱くなんて。」
「同じ顔だからコンプレックスを抱くんじゃない。違う顔だったら始めから諦めがつくわ。」
「私ならね、顔も同じで中身も同じだったら、それこそ自分の存在意義を疑うわ。中身が違くて良かったのよ。私は夏美ちゃんの性格大好きよ。それに、あなたの方が男にモテるじゃないの。贅沢な悩みよ?それ。」
「はいはーい。」
夏美が適当に返事をする。そしてすっと立ち上がると、
「私もフリスビーしてくる。」
と言ってタバコを缶の中に放り込む。缶の中で、ジュッと音がする。そして茶色いサンダルを履くと秋子と春美のフリスビー会場に向かう。冬美は日本酒の中にまた桜の花びらが入ったのを確認すると、ため息をつきながらクリスタルカップに指を入れそれを取り除く。
「ごめんなさいね。あの子、ちょっと春美のことをコンプレックスに感じて、少し悩み過ぎなのよ。」
冬美は走っていく夏美の後姿を目で追いながらボソッと言う。
「え?そうでしょうか?すごく明るい子に見えますが。」
「心の病ってのは、明るく見える子ほど危険なものよ。」
「心の病って……。そんな大袈裟な。」
「三回目のデート……。なんかおかしいと思わない?」
冬美は日本酒の入ったカップをクルクルと揺らしながら言う。僕はその言葉を頭の中で何度か繰り返す。

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