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【小説】ひのはな(3)

ひまわり

冬美は日本酒の中にまた桜の花びらが入ったのを確認すると、ため息をつきながらクリスタルカップに指を入れそれを取り除く。
「ごめんなさいね。あの子、ちょっと春美のことをコンプレックスに感じて、少し悩み過ぎなのよ。」
冬美は走っていく夏美の後姿を目で追いながらボソッと言う。
「え?そうでしょうか?すごく明るい子に見えますが。」
「心の病ってのは、明るく見える子ほど危険なものよ。」
「心の病って……。そんな大袈裟な。」
「三回目のデート……。なんかおかしいと思わない?」
冬美は日本酒の入ったカップをクルクルと揺らしながら言う。僕はその言葉を頭の中で何度か繰り返す。
「おかしいって言うか、いつも皆さんが一緒だから良くわかりませんよ。」
少し皮肉っぽく言って、僕はゆっくりとタバコを吸い込む。
「それよ。おかしいのは。」
「え?ええ。分かってみんな集合してたんですか?ま、まあ、当然ですよね。」
「あなた、なんで私達が集合してるか分かる?」
その問いに答えることを僕は一瞬ためらったが、思い切って言う。
「たぶんですけど、僕が夏美にふさわしい男かどうかを姉妹で見極めるためじゃないんですか?」
「それじゃまるで私達が率先してこのデートに参加しているみたいじゃない。」
「え?違うんですか?」
「ぜーんぜん。夏美がどうしてもっていうから集まっているのよ。」
「え?」
その言葉に僕は驚く。冬美はふっと軽く笑って日本酒を口に運ぶ。
「やっぱり、真意は聞かされていないのね。まあ、本人が言うわけもないけれど。」
「なんですか?真意って。」
「あの子ね。」
僕は息を呑む。
「あなたが春美に盗られないかって不安なのよ。」
「へ?」
僕の頭に『?』が生まれる。
「まさか。」
「心理学オタクの推測だけどね。」
冬美がウインクしてくる。そして、日本酒をゆっくりと喉に流し込み、あまり日本酒では効果が望めないだろうが喉を潤してから語り始める。
「あの子ね、前の彼氏を春美に奪われたの。」
「え!!?」
「あ、驚かないでね。結果その人と春美は付き合ってないから。」
「はあ。」
「詳しくは覚えていないけれど、三年か四年くらい付き合ったかしら?夏美は心から彼の事を好きだったと思うわ。あ、今の彼氏の前でごめんなさいね。」
「昔話です。構いませんよ。」
「そう。ずーっと仲良くしていたから、もしかして妹に先をこされるかしら?って秋子と盛り上がっていたんだけど、ある日、四姉妹で彼に会うことがあってね。その時もこんなお花見だったわ。」
冬美は話しながら日本酒のビンに手を伸ばす。僕はそれを見て今さらながら日本酒を掴み冬美のカップにお酌をする。
「ありがとう。で、私達はその彼を見定めてやろうって張り切って集まったわけよ。今日みたいに綺麗に桜が咲いていたわ。いろんな話をして、秋子も私も彼なら夏美を幸せにしてくれるでしょうって、勝手に二人で許可してたの。もっとも、私達は始めから夏美の選ぶ人なら誰でも良かったんだけれど。それでそのお花見が終わって、何日かした夜、夏美が泣いて帰って来たの。しとしとと雨の降る夜だった。」
何かを思い出すように冬美は日本酒を口にする。そしてゆっくりと口を開く。
「くれないのー、ニ尺伸びたる薔薇の芽のー、針やわらかに春雨の降るー。……、わかるかしら?」
「短歌ですね。授業で聞いた記憶があります。」
「正岡子規の名作。色んな解釈があるけれど、60センチ程伸びた薔薇はまだ蕾のまま。新芽の時期の棘は柔らかいというのに、それに向かってシトシトと、同じく柔らかな春雨が降っているって言う歌。ただの情景描写にも捉えられるけれど。その真意は本人にしかわからない。夏美に例えるならば、心の中では赤々と燃えるような想いに、春美という雨がやわらかく降って、その薔薇は蕾のままシトシトと散った、というところかしら。」
目を細める冬美。僕は黙って聞いている。
「ごめんなさい、ちょっと感傷に浸っちゃったわ。あのね、夏美の彼は、何年も夏美と付き合っておきながら、たった一回の花見で春美に惚れちゃったのよ。まったく同じ顔で、中身だけ違う春美に。」
「そんな……。」
「馬鹿なって思う?それがそんな馬鹿な、なのよ。私も驚いたし、それ以上に夏美のことを思うと胸が引き裂かれる思いだったわ。でも私は彼を責めない。むしろ、あんなに長く付き合って、素直に春美が好きになっちゃったって言ってくれて良かったと思う。結婚してからじゃ取り返しがつかないし。」
「だけど、それじゃ夏美が……。」
「夏美が可哀想?じゃあ、春美が好きなのに彼は夏美と付き合っているべきだった?」
「うーん。」
「顔が同じなのよ?彼は夏美を見る度に絶対に春美を思い出す。夏美にとっても彼にとっても、こんな酷なことはないわよ。」
僕は黙ったままビールを飲む。
「彼は春美に想いを伝えることも無く夏美の前から姿を消した。真相だけ明かして。まあ、男らしいじゃない。」
「じゃあ、そのことを春美ちゃんは知らない?」
「さあ、どうかしらね。夏美が話したければ話していると思うけれど。」
「うーん。で、この三度のデートに皆さんが同伴することを夏美が依頼したっていうのは?普通、同じ事を繰り返さないために、春美ちゃんと僕は絶対に会わせないと思うんですが?」
「私達は姉妹であり、家族よ?もしあなた達が結婚したら、私達、というか春美の存在を隠し続けることはできるかしら?」
「無理、でしょうね。」
「そうなってからあなたが春美に惚れたら大変よ。だから、さっさと春美とあなたを出会わせておきたかったのね。あくまで私の推測だけど。」
あいにく僕は、その推測を十分に否定出来る材料を持ち合わせていない。僕は広場でフリスビーを楽しむ夏美と、春美を眺める。秋子の投げたフリスビーを夏美が軽やかにキャッチし、それを春美に投げる。春美はそれを真正面で構え両腕を使って取ろうとしたが、少し胸の中でバタバタとし、そのまま落下する。そんな光景をじっくりと見つめた後で、少し吹っ切れたように物申す。
「僕は、春美ちゃんも夏美も見たけれど、確かに二人はそっくりです。でも、やっぱり夏美が好きです。」
それを聞いて冬美がふふんと鼻を鳴らしてから日本酒を一口飲んだ。
「そう。なら、ひとまず安心ね。」
意味深に発言する冬美を見て僕は少し戸惑う。
「ひとまず?」
「そう、ひとまず。」
僕は冬美の発言を解せない。
「その事件の後で、夏美はちょっとおかしくなったの。」
冬美の言葉を受けて、僕は顔をしかめる。
「おかしくなった?」
「そう、一時的にね。」
「どういうことですか?」
僕の問いに、冬美はふーと鼻から息を吐き出し目をつむる。言葉をかなり選んでいるのだろうか?僕はじっと冬美の次の言葉を待つ。
「彼と別れて、その別れたことよりも、以前から憧れに思っていた春美の性格に負けたことが彼女の心を大きく揺さぶったんでしょうね。彼と別れてから何日かして、夏美は春美になったの。」
「春美ちゃんになった?その、それはどういう?」
「そのままの意味よ。彼女は朝起きて春美の服を着て、おはようございますって、春美みたいに丁寧な口調で朝食に現れたの。」
僕は何も言わず顔をしかめる。
「冬美姉さん、秋子姉さん、おはようございますって。あの子っていつも流行に敏感だからミニスカートやらブーツやら色んなものに飛びついていたんだけど、そのときはピンクのブラウスに少しレースの入った白いスカートで現れて。まるで春美みたいな格好。最初は秋子と笑ったわ。秋子も、なんやその服ー、春美のパクリかいな?って言ったんだけど、本人はキョトンとしていて、え?お姉さん、わたしですよ?春美です。ってまじめな顔をして言ってきたの。秋子も感が良いから、なんかおかしいって二人で気付いて、とりあえずその場は夏美を春美として扱ったの。」
「そんな、本当ですか?」
「私、手の込んだ嘘は好きよ?でも今は違う。その後で春美がおはようございますって朝食にやってきたの。それを見た夏美は、たぶん訳が分からなくなったんでしょうね、急に足元がおぼつかなくなってそのままそこに倒れたわ。」
「で、どうしたんですか?」
「とりあえず、驚いている春美には事情を説明して、夏美の服を脱がせてベッドに運んだの。救急車も考えたんだけど、急な環境の変化での精神的な苦痛はかえって毒だって私が判断して、とりあえず経過を見ることにしたの。数時間で夏美は目を覚まして、何事も無かったかのように、あー寝すぎたーってミニスカート姿で私達の元に現れた。姉妹の団結力って本当にすごくて、誰一人変な顔をしなかった。当の本人は記憶も無いみたいで、その日の朝の話はまったく口にしなかった。」
僕は冬美のカップに日本酒を注ぐ。
「ありがとう。私は夏美が出掛けた後で、春美がいる手前、あまりショックを受けさせないように二人に説明した。これは一時的な失恋のショックからきているものだから、そっとしておいてあげるようにって。二人はもちろん納得してくれたけれど、ひどく神妙な面持ちだったから、私はこんなこと続かないからって安心させたの。実際それで安心したかどうかは分からないけれど、残念ながら私の予想ははずれた。その後で同じことが二回あったの。」
「続いたってことですか?」

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