【小説】ひのはな(1)

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こんばんは。おちパパです。今回の小説はかなり大ボリュームです。いつものようなクスクス笑える部分もありますが、思わず胸がいっぱいになる小説です。

タイトルは「ひのはな」。あのピース又吉直樹大先生の「火花」という作品が素晴らしすぎるので、似たようなタイトルで申し訳なさすら覚えますが、一生懸命書きました。

これまた自分で言うのもなんですが、何度読み返しても、切なくて心にぽっかりと穴があいたような感覚で、しばらくぼおっと余韻にふけってしまいます。どうか最後までお付き合いくださいませ。

ひのはな

第一章

「こっちこっち!!」
遠くでそう叫びながら夏美は、手を右へ左へ大きく振っている。僕はそれに応えるように手を挙げると、軽く走り出す。満開の桜並木。広い公園には日が暮れるのを待ちきれずにお酒を飲みだしている花見客がごった返している。僕が走って向かっている間、夏美はずっとこちらに手を振っている。目的地まで、後二十メートル程に差し掛かった時、僕はそこに違和感を覚える。やれやれと思う。途端に走る気がなくなり、歩き出す。
「コラー!サボるなー!!」
と、遠くの夏美に怒鳴られまた走り出す。無事目的地へたどり着いた僕の前には、花見用のブルーシートが敷いてあり、そこに四人の女性が座っている。普通男なら喜ぶべきシーンだ。しかし僕は、
「やっぱり、こうなったか……。」
と、肩を落として落胆の感情をあらわにする。
「あら、四人の美女を前にしてその落胆の態度。失礼ね。大輔君、日本が銃社会だったら今頃あなたはハチノスだわ。」
と、やけに色気のある声で抗議してくるのは冬美だ。ただその声とは裏腹に、肌の露出はほぼ皆無で、今日だってぽかぽかとした陽気なのに、首まで伸びた真っ白のセーターに紫のロングスカートといった身なりだ。まっすぐに腰まで長く伸びた黒髪は耳やうなじの露出まで無くしている。たぶん彼女は、衣服は身を飾るものではなく、身を隠すものと捉えているのだろう。おまけに今みたいに突然残酷な発言をしたりする人だ。彼女と会うのはこれで三回目だが、相変わらず得体の知れない掴み所の無い人で、僕は掴もうとすら思わない。
「それを自分でゆうかー?冬姉、うちらは黙ってたって皆がそう思うんやから黙っとったらええねん。まあ、うちが男やったら美男子やーゆわれて女にゃ困らんやろけどなー。大輔はん、今度うちと勝負しようや。」
と言いながらも自分は黙る様子もなく関西弁でしゃべるのは秋子だ。四年程前に関西弁の彼氏が出来て以来この調子らしい。かなり男らしい性格で、同姓から告白された経験もあると本人は言っていた。男の僕からみてもかなり男らしい。当然スカートには一切興味が無く、今日もグレーのジーンズパンツにオレンジのジャージで、はしゃぐ気満々と言った様子だ。四姉妹のうち他の三人ががすべて春美、夏美、冬美という『美』という漢字がついた名前なのに、彼女だけ秋子という名前なのは、古代の日本人の男の名前に『子』と言う漢字が使われているからだと、初対面の時に堂々と自慢された。うっとおしいという理由で髪も伸ばさないらしい。
「もう、辞めましょうよ。大輔さん困ってます。」
と、顔を赤くしながら言うのは春美だ。夏美とは双子の姉妹で、とにかくそっくりだ。初めて会ったときは本当に驚いた。瓜二つとはこのことかと思う程だった。ただ夏美はショートカットで、春美は背中まで髪が伸びている。それにさばさばした夏美と、内気で恥ずかしがり屋の春美とでは性格も話し方も全然違った。春美はサーモンピンクのブラウスに、膝丈の真っ白なフレアースカートをまとっているのに対し、夏美は黒のタンクトッ
プに白い半袖のシャツを羽織り、色褪せたブルージーンズのミニスカートをはいている。双子と言うのは性格も似るものだと思っていたが、この説は取り消すことにする。
「別に良いでしょ?みんないた方が花見は楽しいって。」
と言った夏美を僕は恨めしそうに見る。夏美と付き合って三回目のデート。一回目も二回目も四姉妹勢ぞろいだ。だから三回目もあるいはと思っていたが案の定だ。付き合う前は二人きりで遊びに行ったのに、告白して付き合ったとたんにこの姉妹が付いてきた。上から、冬美、秋子、夏美、春美の四姉妹。30、29、そして26の双子という年齢。豪勢な付録だと思った。毎回デートに付いてくるもんだから、おかげさまで夏美とはまだキスすら出来ていない。
「そうだね。桜の花は大勢で愛でるもんだ。」
そう言いながら僕は靴を脱いでブルーシートにお邪魔する。
「でしょ?」
そう言って夏美がウインクしてくる。
「大輔さんは何を飲みますか?」
春美の問いに対して、
「みんなと同じで良いよ。」
と言って四姉妹の飲んでいるものを見る。
「日本酒よ。」
と、クリスタルカップを持つ手をもう一方の手で添えながら冬美が言う。
「うちは芋やで。」
と、同じくクリスタルカップをわしづかみにしながら秋子。中には氷が入っている。
「私は、カシスオレンジです。」
と控えめに缶を持ち上げながら春美。
「私はビールだけど?」
と夏美。僕はため息をついた。なぜこの姉妹はこうも違うのだ。同じ遺伝子じゃないのだろうか。
「じゃあ、ビールで。」
と言いながら僕は缶ビールに手を伸ばした。
「おおー、やっぱり彼女にあわせるんやなー。」
感心したように目を輝かせながら秋子が言う。
「ペアルックって趣味じゃないのよね。気持ちが悪いから。」
と、冬美が冷酷な目でばさりと切り捨てる。
「冬美姉さん!!」
春美が冬美を制する。
「別に飲みたいもん飲みゃあ良いのよ。」
そう言って夏美は僕の方に封の開いたビーフジャーキーを袋ごと放ってくる。僕はそれをキャッチしそびれる。パサッと音を立ててジャーキーの入った袋がブルーシートに落ちる。
「ありがと。」
僕はそういうと、落ちた衝撃で少し飛び出たビーフジャーキーをつまむと口に運ぶ。
「ちょっと待てやー!」
秋子が声高に物申してくる。
「酒も飲まんとつまみかいな。まずは乾杯といこうや。」
そういって、芋焼酎の入ったカップを僕に向けて突き出してくる。
「そうよ。あなた、私達を疑っているの?本来乾杯っていうのはね、互いの杯に毒が入っていないことを証明する為に……。」
ごたごたと話始めた冬美を制するように僕は、
「疑ってたら……、絶対に乾杯しますよ。ホストが準備した酒に対して毒が入っていないかを確認するためですもんね?なら、乾杯をしないほうが信用しているって事になりませんか?」
と言う。冬美の左眉毛が上がる。
「おーっと!!冬姉を言い負かしたでー!!大輔はんやるなー。」
秋子の言葉に冬美はフッと笑う。
「いいえ。乾杯と言うのはもう一つ言い伝えがあるのよ。それはお酒の中に宿っている悪魔を追い払うと言う意味。乾杯をしないなんて……、私達を悪魔に酔わせてどうする気なの?」
冬美は急に膝をくずすと、右手を頬に当て酔ったフリをする。僕は少し慌てたフリをして、
「いえいえいえ、乾杯をしないとは一言も……。」
と言って、自分の缶ビールを掴むとプシュッとプルタブを押し上げ、前に差し出す。
「どうでもいいから早く乾杯したいんだけどー。」
やりとりに飽き飽きしたように夏美が物申す。
「はいはい。じゃあ、私に口答えが出来る夏美の素敵な彼に、乾杯!」
「乾杯!!」
冬美の合図でみな乾杯をする。クリスタルカップとアルミ缶なので『チーン』と音はしない。お構いなしといった風に各々自分のお酒を一口飲む。数枚の桜の花びらが音も無く高速回転しながらゆっくりと五人の上から降ってくる。
「で?大輔さん。うちの夏美とはどこまでやったの?」
冬美がさらりと言いのける。
「ね、姉さん!そんな突然。」
春美が目を皿のようにして制する。
「あら、ごめんなさい。わたし、遠まわしに探りを入れるような質問は苦手だから……。」
「あんたの一番得意なジャンルやないかー!」
と、秋子がツッコミを入れる。僕は鼻からフッと息を吐くと、
「みなさんのおかげで、まだ何も。」
と、皮肉たっぷりに言った。めげずに冬美が、
「えー?26歳で、まさかあなた経験なし?」
と、首を振りながら信じられないと言った演技をする。そしてクリスタルカップの中に注がれた日本酒を一口飲んだ。それを受けて今度は秋子が芋焼酎の入ったカップを一気に傾け中身を氷だけにすると、
「あちゃー。夏美、こりゃーこの男なんかあるでー。」
と言う。僕は苦笑いをしながら、
「どうでしょうね」
と適当に良い逃れる。しびれを切らした夏美が抗議する。
「あのね、付き合ってから三回目よ?そんな短時間で何かあるわけないでしょ?」
その言葉に春美はこくこくと頷く。途端に冬美と秋子は顔を見合わせニヤリと笑う。
「そういう事だから、大輔さん、夏美の事よろしくね。」
ニッコリと微笑んで冬美が言うと、また秋子と顔を見合わせニヤリと笑う。
「ええ、今後とも。」
僕は面倒くさくなって話を流す。五人が同時にお酒を飲み、一瞬沈黙になる。ぼそぼそと春美が声を掛けてくる。
「だ、大輔さんはおつまみ何が良いですか?取りますよ。」
顔が真っ赤になっている。それを見逃すまいと秋子が口走る。
「あれー?春美が自分から何かを勧めるなんて珍しいなー。それに顔も赤いし。なんかあったんか?」
「え!?いえ、その、お酒のせいです。勧めたのは、お客様ですから……。」
「ありがとう。でもとりあえずビーフジャーキーで良いよ。」
「この人ね、ビールとジャーキーがあれば一生生きていけるひとだから。」
夏美がさめた口調で言う。
「でも春ちゃん、まだ一本目よ?私の経験上、あなたはそんなんじゃ顔が赤くならないはずだけど?体調でも悪いのかしら。」
冬美が春美をいたずらに攻め立てる。
「きょ、今日はちょっと緊張してるんです。だから……。」
春美の顔はますます赤くなる。
「あらあら耳まで赤くなっちゃって。夏美ちゃんと双子だからね。好きになる男は似ているのかも知れないわ。春美ちゃん、人を好きになることは罪じゃないのよ。」
「ち、違います。冬美姉さんいい加減にしてください。」
春美はすっかりとうつむいてしまう。
「大輔はん、あんたも罪な男やなー。」
「はぁ。」
「まあ、うちはぜんっぜん惹かれんけどなー。」
「はぁ。ありがとうございます。」
僕はビーフジャーキーを噛みながら言った。グッと噛み締め、力任せに引っ張ると、ジリッと音を立ててジャーキーが解れる。僕はふっとひらめいて前から思っていた質問をぶつけてみる。
「そういえば、大体想像はつくんですけど、なんで四姉妹、春夏秋冬って名前に季節が入っているんですか?」
僕は誰とも無く皆に向かって問う。

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