昔から小説を結構書いていまして、せっかくなのでこちらで紹介させていただきます。真面目な小説ではなく、くすくす笑えるような、コントのような小説です。私の心情はいつだって「誰かを笑わせたい」ですし、このブログのコンセプトはあくまで損しないためのブログです。笑えない毎日なんて損してますよ。笑えるための精一杯の仕掛けを盛り込んでいます。
どうか最後までお付き合いください。
週末の人々で賑わう大通りをちょっとそれて、細く人気(ひとけ)のない路地に入る。入り組んだ路地を何度か折れると、そこには僕の楽園がある。何度も通うこのバーは、いつだって僕の安息の地であり、東京に来たての僕にとっては、東京というものを、そして自分が大人になったのだと実感できる聖地であった。何度も通ううちに、今やバーテンにすら覚えて貰えるようになったが、初めて行ったときは、やはりひどいものだった。
僕が初めてこの店、バー・ドルフィンに来たのは、もう何年前だろうか。その時は、東京で初めて知り合った憧れの女性とだった。
『あたしバーとか行ったことないんだよね。行ったことある?』
『もちろん。』
もちろん行ったことがない。
『すぐ近くにあるから、行ってみるかい?』
『やった~、行ってみたい。』
にっこりと微笑む彼女の表情をみるだけで、僕の心は踊った。場所は友人に聞いたことがあったし、適当に歩いていればわかるだろう。内心ヒヤヒヤしながらも、僕は格好良いところを見せなくてはと目をギラギラにその看板を探しながら、”やみくもに”歩いた。
少し入り込んだ先に、バーお馴染みのライト看板があった。『cocktail』の文字が薄蒼白く発光する、いわゆるブラックライトが飾る看板だ。
僕は思わず、
『あ、あった!!』
と言ってしまったが、何度も来ているという設定だったので咳払いをしてごまかした。
女の子が僕の顔をのぞき込んで聞いてくる。振り向いた瞬間、長い髪がサラッと揺れる様は、ほかのどんな景色よりもキレイだ。
『ねえ?この店って何度か来ているんでしょ?バーテンさんって、お客さんの顔を覚えるの早いらしいじゃない?もしかして、あなたも覚えられているのかしら?』
『もちろん。』
初めてだ。僕はここのバーの店員と、遠い昔どこかで知り合っていることを願った。
『とりあえず入らない?中はもっと良い雰囲気だよ。ドルフィンってだけあって、中はイルカのモチーフがたくさんあるんだ。君も気に入ってくれたらいいなあ。』
『そうね。あたし、バーって憧れなんだよね。』
同感だ。
そして僕は君と同じように、そしてそれ以上にいろんな意味でドキドキしている。今思うに、なんだって僕は格好をつけて知っているような口をきいてしまったんだ。しかしもう取り返しはつかない。初志貫徹の精神だ。
少しだけ急で窮屈な階段。それを二階まで登るとそこに扉があった。木枠にガラス貼りといういかにも昔らしい扉で、僕はその理想的なシチュエーションに本当に嬉しい気持ちがあふれて来た。
僕は興奮気味に力強く扉を押す。
ガッシャーン!!
ガラスが大きな音を立て、そして開かなかった。
まさかの引き戸だった。
平生を装い僕は中に入る。さきほどの爆音で、僕は一躍有名スターのようにみんなの視線を浴びた。
『いらっしゃいませー。』
快活なバーテンの声が響く。中は薄暗く、こじんまりとしていて、どこかで聞き覚えのあるジャズが流れていた。店の薄暗い隅の方には年代物のピンボールやジュークボックス、あるいはダーツなどが置いてあり、ほろ酔い気分の客が紳士的に遊んでいた。
賑わっていたが、とても静かだった。笑い声さえ、店の雰囲気のためか上品に聞こえてくるし、居酒屋のように無意味に声を張り上げるものなどいない。と、言うよりは、この空間に大声は必要のないモノなのだ。
そう、コレこそがバーであり、コレこそが大人なのだ。
見惚れている僕に、バーテンが声がけをしてくる。
『こちらにどうぞ。初めてですね?』
余計なことを言うな。僕は彼女を案内されたカウンターの席に座らせた。
『ああ、昔、何回かね・・・。さすがに覚えてないよね。』
初めて来たという嘘がばれないように、できるだけ無機質に応答しなが僕も座る。
『そうですか。この店もようやく一ヶ月経ちました。』
余計なことを言うな。
『・・・、どうりで綺麗なわけだ。』
ぼくは奇跡的にうまくごまかす。
『御来店ありがとうございます。ご注文はいかがいたしましょう?』
『ちょっと待って、こっち、初めてだからさ。』
僕はバーテンダーの言葉を遮るように手を挙げ、彼女を紹介するような手つきで言う。
その手が少し震えた。
彼女が口を開く。
『どうしよう。ねえ?なにかオススメのカクテルある?』
待ってました。僕はこの日のためにカクテルの勉強をしてきたんだ。
『う~ん、そうだな。もちろん普段居酒屋で君が呑んでいるようなカシスオレンジやソルティードッグも、はっきり言って別物ってくらいおいしいんだよ。だから、ポピュラーなカクテルの本当の味を知るってのもまたいいけど、せっかくだからバーにくらいしか置いてないモノが良いんじゃない?例えば~、チェリーブロッサムとかどうかな?』
『チェリーブロッサム?』
『うん。飲み口がいいし、あんまりお酒って感じがしなくて呑みやすいよ?』
嘘だ。確かに飲み口は良い。甘くて呑みやすい。だが、アルコール度数が他のカクテルよりずば抜けているのも事実。そもそも女を落とすために作られたカクテルなんてゴシップもあるようなカクテルだ。
早めに酔ってもらったら、なんか良いことあるかもしれん。そりゃあね、僕だって男ですよ。うん、僕は最低だ。
『う~ん。じゃあそれで。』
よし!ごちそうさまです。
『すみません、チェリーブロッサム一つ。』
『はいチェリーブロッサムでございますね。お客様は?』
おっと、そうか。自分も頼まなくては・・・。すっかりそっちのことばかり考えていたせいで忘れていた。
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