ペットが難病の髄膜腫で死んだ。高額医療と安楽死を真剣に考える時代

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あなたには大切なペット(家族)がいますか?

そして、

そんな大切なペット(家族)を失ったことがありますか?

あるいは酷な質問かもしれません。それを失った時のことを思い出してしまったかもしれないから。

でも、辛くても思い出してあげてください。

あなたが忘れない限り、大切な家族は今もあなたの中で生き続けているのだから。

私の家には猫が2匹いました。

1匹はいまもこのブログで活躍してくれているトムキャット(トミー)オス

そしてもう1匹は、すでに数年前に天国に行ってしまったサビ猫(サビー)メス

だからどうだという訳ではないが、この2匹は都内のNPO団体に保護された野良猫出身で、本来は数日後には処分が決まっていた2匹。偶然の出会いで私たちがこの2匹を預かることになった。

今回は、4年前、難病と懸命に闘い、けれども天国に行ってしまったサビーの話です。

もしも同じ状況で悩む方がいたら、少しでも力になれれば幸いです。

そして、私と同じように愛する元気な家族を持つあなたにも読んでほしい話です。

ペットが難病の髄膜腫で死んだ。高額医療と安楽死を真剣に考える時代

「安楽死」と聞くと、心がズキッとしますか?

私もです。

なぜ私が「安楽死」と聞くと心がズキッとすると思いますか?

私が過去にペットを安楽死させたからだと思いますか?

違います。

私は過去に一度もペットを安楽死させたことはありません。

ではなぜズキッとするかというと、

安楽死をさせてあげた方があの子はあんなに辛い思いをしなくて済んだのではないかという想いが今もあるからです。

答えは今もわかりません。

私はたあの子が絶命するまで、病気で弱ったその小さな身体を複数の病院に連れ回し、ひたすらに治療をし続けました。

そして、結果、あの子が助からなかったからです。

ただでさえ具合の悪い身体を、

慣れない電車やタクシーに乗せられ引きずり回され、

痛い注射を打たれ、

見たことのない恐ろしい機械の中に放りこまれ、

時には麻酔で強制的に眠らされ、

どんなにか辛かっただろう。

どんなにか逃げ出したかっただろう。

ただただ、あなたを救いたい。

その身勝手な親の気持ちが伝わっただろうか?

もう、楽になりたいか?

ごめんな、まだ君が生きれる可能性があるんだって。

だから、もう少しだけ頑張ってな。

ごめんな。

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発症:くしゃみ〜初めての痙攣

ある時から、くしゃみをすることが増えてきました。時にはくしゃみと同時に鼻水も撒き散らしたり。

普段はあまり見ぬその姿が、なんとなく人間らしくて可愛くて

最初は、猫のくせに花粉症か?なんて揶揄して笑っていました。

しかし、

そのくしゃみの頻度も増え、

一度くしゃみをすると連続して何度もくしゃみをするようになりました。

もしかしたら、風邪でもひいてしまったのかもしれない。

猫の風邪は危険だ。

なんとなくうろ覚えの知識でそれを知っていたので、次の休みに病院に連れて行くことにした。

そして、その次の休日を待たずに、

初めての痙攣が起こった。

最初にペチャペチャと空を噛むようにして口をパクパクする

次第によだれが垂れ出す

くしゃみが止まらなくなり、

全身が硬直し痙攣が始まる。

苦しそうにその場で痙攣しながら暴れ出す

どうしたらいいかわからなくて、

ただじっと見つめていた。

診察:猫の痙攣の原因不明

病院に連れて行くも原因は不明。病院につく頃にはいつもの元気な姿に戻っていた。

念のため猫が痙攣した際の対象方法を学び、

帰宅。

元気にご飯を食べる姿に、少し安心する。

そして活発に暴れ、トミーとじゃれ合うサビー。

微笑ましい姿に、全てが偶然で、なにかの間違いであることを願った。

止まない痙攣

そんな安心をなぎ倒したのは次の日だった。

ペチャペチャと音を立てながら口からベロを出してパクパクするサビー。

よだれが出始める

そしてくしゃみが始まる

まもなく痙攣とともに苦しそうに暴れ出す。

病院で教わった対処をなす。

猫が痙攣をし始めたら対処する方法

大きくて厚手のバスタオルで全身を覆い、身体を押さえつける。(あまり強くしすぎない)

ただそれだけ。

数十秒〜数分で治るので、それまでそうし続ける。

それしかできない。

優しいサビーの爪が、

私の皮膚をえぐったのはこれが初めてだった。

ごめん、こんなことしかできなくて。

入院:原因不明

痙攣後、すぐに病院に連れて行った。

原因究明と経過観察のため、入院することになった。

サビーにとって初めての入院。

小さな身体が震えていたのを覚えている。

病院に置き去りにして去る私たちに向かって、心細く鳴いたのを覚えている。

たったの1日だったけれど、私たちにとってもサビーにとっても印象に残る1日。

次の日に病院に迎えに行った時には、何食わぬ顔で迎えてくれた。

けれども、

病名や痙攣の原因は不明だった。

その病院から、新しい病院を紹介された。そこでもっと精密な検査を受けるべきだとのことだった。

しかし、その紹介された病院は混んでいて、検査を受けるまでの順番待ちで数日を待つことになり、

それまでの対処として薬を出してもらった。

投薬:発作を抑える薬(てんかんや発作)

病院から薬が出された。

てんかんや発作を抑える、炎症を抑えるようなステロイド系の薬だったと思う。

口から飲ませる薬と、お尻から入れる座薬。1日3回。

サビーはそれをとても嫌がったし、

私たちも猫への投薬は初めてのことで悪戦苦闘した。

投薬し始めた頃、くしゃみこそあれど、発作が起こることはなくなった。

薬が効いているらしい。

投薬から数日:発作再発

数日後、

大きな発作が起こった。

あの時と同じだ。

パクパクと口から舌を出し、

よだれが垂れる

くしゃみが始まり、

痙攣と暴走を繰り返す。

私たちは手分けをして、

片方がバスタオルでサビーを包み、

片方が動物病院にあわてて電話した。

しかし、電話はつながらなかった。

その病院は毎週の休診日だった。

かかりつけの病院が休診日。別の病院へ連絡。

すぐに別の病院に電話し、症状を説明した。

「すみません、発作が起こりまして」

「今はどんな状況ですか?」

「今はもう落ち着きました。」

「そうですか。かかりつけの病院はありますか?」

「じつは、この発作の件で最近通っている病院があるんですが、今日はお休みのようで」

「お休みでも、動物病院をやる以上こういう状況はよくあることです。電話をしてみてください。」

「電話をしたんですが、出て頂けなくて。」

「わかりました。発作の場合、おさまってしまうとなんとも言えませんし、また一から診察となると同じような対処しかできないかもしれません。もし心配であれば本日いまからいらっしゃいますか?もしくは様子をみますか?」

私たちはサビーの疲労、心労を考え、また、明日にはかかりつけの病院にいけるという考えから、様子を見ることにしました。

わかりました。では、もしまた様子がおかしくなったり、発作が起こるようであればすぐにいらしてください。終日待機させていただきます。

私たちは、この「待機させていただきます」という言葉の意味をその時は理解していませんでした。

じつはこの動物病院はこの日、私たちのかかりつけの病院と同じように休診日だったのです。

この方は、お休みにもかかわらず、来るか来ないかわからない私たちのために「いつでもいらしてください」といい、ずっと待機していてくれたのだと思うと、感謝の思いが溢れてきました。

結局お世話にはならなかったけれど、結果私たちは安心を得ることができ、冷静になることができました。あの言葉がどれほど心強かったか。

どうしてもお礼だけでもしたくて次の日その病院に電話をしました。

獣医とはどうあるべきか?

「すみません、昨日はお休みにもかかわらず丁寧に対応していただいて。」

「いえいえ、獣医をやっている以上、いつ何があるかわかりません。まして、発作が起こっている場合は危険が伴います。命を預かる仕事をする以上、いつでも24時間対応するというのは、あたりまえのことです。まあ、個人でやっているので限界はありますがね。」

その言葉に嘘はなかったと思う。心から頼もしいと思ったし、素晴らしい考えだと思った。

だからと言って、

休みの日はしっかり休むというかかりつけの動物病院を責めるつもりもない。

獣医さんにだって休みは必要だし、たまの休みには自分の人生を優先させる権利がある。

小さくて個人でやっているけれど、休診日でも深夜でも対応してくれる動物病院
中規模で獣医さんが数名いる頼もしい病院だけど、休診日は電話も受け付けない

動物病院選びについて、いろいろな考えが頭をよぎった。

このころからサビーの食欲は落ち始めていました。

通院:東京農工大学 動物医療センター

たぶん紹介された病院の順番待ちに、2週間くらい待ったと思います。

小金井の駅を降りて、タクシーで数分。弱ったサビーを連れて病院に行きました。

1度目は普通の診察

原因不明。

でも、この先生(女性)はそれまでの先生とは違った。

私たちの話す症例を一つ一つ聞き、またサビーの状態を診て、

一つ一つ可能性を消しながら消去法で原因を探っていく。

「なるほど、その場合はこの可能性は消える。そしてこの場合はどうかと考える。では、こんな症状はありましたか?」

と、その女医は冷静に空を見つめながら頭の中で自分が作りあげたロジックツリーを見つめているように見えた。

2度目は精密検査で入院

この時点でこの女医の頭の中にはある程度病気が絞られていたのだと思う。

具体的には覚えていないが、たしか人間でいえばCTとか、MRIのような検査。入院は2日間だった。

そして私たちが迎えに行った時、その病名が告げられた。

病名:髄膜腫と判明

一言で言えば、

複雑な形状の脳みそ。それを覆っている膜(まく)にできる腫瘍。

髄膜腫(ずいまくしゅ)は脳腫瘍のなかで最も多い脳腫瘍です。一般的に脳を覆うくも膜の細胞から発生し、90%以上は良性腫瘍です。多くは脳実質外に存在しますが、約30%は脳表面を覆う軟膜を破壊し、脳浮腫や脳内伸展を認めます。女性に多く、原因として遺伝や放射線、女性ホルモンなどの関与が示唆されているが、多くは原因不明です。

髄膜腫の生じる部位によってもことなりますが、頭蓋内圧亢進症状(腫瘍により脳の圧が上昇して起こる症状:頭痛・嘔吐・意識障害など)、腫瘍圧迫による局所症状(脳神経麻痺、痙攣(てんかん発作)、運動麻痺など)があります

上記は人間の例です。

この病気が猫に発症することは非常にまれなケースだとの説明を受けました。

それを聞き、どうしていままでの動物病院で原因不明なのかがわかりました。

前例がほぼ皆無なのです。

データも資料も微々たるものなのです。

そしてもう一つ説明を受けました。

治療法はあるがかなり困難

腫瘍の治療は放射線治療が主流。

小さい動物に施すにはかなり困難な上に、ご存じの通り脳みその形状は複雑。その複雑な脳を覆っている膜を蝕む腫瘍だけに放射線治療を施すのは非常に困難。

そして、現状その治療を施すことができる動物用の医療機はなく、人間用の医療機を使ってのみ手術が可能。

その後に、私たちに叩きつけられた決断。

治療法:あり 治療費:100万円超え

普通の動物病院では使用できない人間用の放射線治療用の医療機を、この東京農工大学 動物医療センターでは日程に制限こそあるものの使用可能だとのこと。

しかし、私たちはサビーに保険などかけていません。人間ですら高額になる放射線治療。

私たちに突きつけられた金額は、100万円超えでした。

助かる確率はわずか。

前例は、不明。

当然だが、手術の結果がどうあれ、治療費はかかる。

この頃には、サビーはすっかり痩せて、毛もパサパサとしていました。ご飯をあげても、2、3度舐めて終わり。

飼い主の決断

私はこの決断についてひどく悩みました。

ケージに入れたサビーを連れながら、自宅へ向かう帰りの電車でいろいろなことを考えました。

命の尊さと、

確率と、

現実と、

理想と、

幸福と、

お金と、

私たちの生活と未来と、

救えるかもしれない家族(ペット)の命と、

そしてまた、

お金のこと。

治療法があって、自分の大切な家族(ペット)が助かるかもしれない。それなのに、その治療費に何を迷う必要があるだろうか?

しかし、人生はそうたやすくはない。

現実はいつだって目の前にある。金は無限にあるわけじゃない。そして、決して裕福でない家庭にとって、100万円以上の金は、現実そのものだ。

そんな情けない発想をする自分という人間が、クズに思えて情けなくなる。

電車に揺られながら、

すっかりと痩せて軽くなったサビーと

そのサビーの命の重さがないまぜになり

私の心の中の天秤は左右に揺れ続けた。

震えの止まらぬその天秤止めたのは、嫁の一言だった。

「良かったね。原因がわかって、治療法もみつかって。あの日からずっとサビーに何もしてあげられなくて辛かったんだ。やっとサビーのために何かしてあげられる。手術して、早く助けてあげようよ。」

この一言に、私の頭の中のごたごたは全て吹き飛んで、心の中の天秤が、命の方に向かって傾いた。

手術:放射線治療

手術の日まではやはりまた数日の待ちがあった。

その間も投薬を続けたが、サビーの発作は定期的に起こったし、食欲はもうすっかりなくなった。

水分だけでもあげようと、濡らした脱脂綿を舐めさせた。

もう歩くのもおぼつかなくて、ふらふらと数歩歩いては転ぶように横になった。

そしておもらしをした。

綺麗好きの猫にとって、プライドの高い猫にとってこれほどの屈辱はない。

もう、トイレにすら辿り着けなくなったのだ。

もう、目も見えていないらしい。

壁にぶつかりながら歩くその姿を、

ただ見つめるしかなかった。

サビーのお気に入りの寝床である猫タワーの一番上には、

登ることも降りることもできなくなった。

早く、早くなんとかしてあげたい。

そして、ようやく手術の日が訪れた。

もう、ケージに入ることに抵抗する力もなくなったサビーを電車に乗せ、タクシーに乗せ、病院に向かう。

1日の入院だった。

退院:手術成功と退院

迎えに行った私たちに告げられた最高の言葉。

「手術成功」

その言葉が、サビーだけでなく、どれほど私たち親を救ったことだろう。

もちろんガリガリに痩せ細ったサビーだったけれど、

迎えに来た私たちに向かって一鳴き「にゃー」とした声には、

「どうだ、やってやたぞ!」

という誇らしさすら感じたし、

私たちはその勇姿と努力を讃えたくさん撫でてあげた。

家に帰り、いつもよりもいいご飯と、いつものご飯を並べてあげたけれど、どちらも食べなかった。

それでも何日か経つと少しずつ元気が出てきて、ご飯も食べるようになってきた。

こんな当たり前のことが、

こんなにもありがたいと思えることに私たちは感謝した。

しかし、

それも数日のことだった。

再発:痙攣と発作

私が仕事に行っている間に、

サビーの発作が始まった。

ペチャペチャと舌を出しながら口をパクパクさせ、

よだれが垂れた。

くしゃみが連鎖し、

とうとう痙攣しながら暴れだした。

嫁は独りで、サビーにバスタオルを被せ、発作がおさまるのを待った。

そして数分で発作がおさまった。

が、

いつもと違った。

いつもなら発作がおさまれば何もなかったかのようにケロッとしているサビーが、

起き上がってこない。

じっと横になったまま、

ただ空を見つめながら、虫のような息をしている。

そしてまた襲う痙攣と発作。

この状況ではあの遠い大学病院まで電車で乗り継いで行くのは無理だ。

たまらず嫁はかかりつけだった近場の病院に電話をする。

出ない。

まただ。

私に電話が来る。

動転した嫁の声。

「発作が止まらないし、病院も電話に出てくれない!」

「わかった。病院がどういう状況かわからないけれど、今できることは病院に行くことしかないら、先にタクシーを呼んで少しでも病院に近づいて。」

「落ち着いて」という言葉を本能的に避けた気がする。

「落ち着いて」という言葉は、時に人をさらに混乱させるから、ただ今あなたが何をすべきかを伝えた。

そして嫁は単身、サビーを連れてタクシーで10分ほどのかかりつけの病院へ。

そして、病院に駆け込もうとする。

しかし、

自動ドアが開かない。

今日は定休日だっただろうか?

いや、そんなはずはない。

病院へ:休憩時間

開かない自動ドアを開けようとする嫁。

サビーを片手に、もう一方の手でドアを叩く。

普段は出さない大きい声をだして、

泣きじゃくりながら、

「開けてください。助けてください!」

と叫ぶ嫁。

再び私に電話が来る。

「病院のドアが開かない!どうすればいいの!?」

「今日は休診日じゃないし、中に人はいると思うから裏口を探してみて。それから、大学病院の先生が繋がりがあると思うから、そっちに連絡したら直接中の先生につないでもらえるかも。」

そして、大学病院の先生に連絡がつながり、かかりつけの病院の獣医に直接連絡をしてもらう。

数分後、中から獣医が出てきて鍵を開け、嫁とサビーはようやく中へ。

結論から言えば、

この時、病院は休憩時間だったらしく、外で「助けてください」と叫ぶ嫁の声も聞こえなかったらしい。

ではなぜ院内にいながら、何度も鳴り響く病院の電話に出なかったのか?

その理由までは聞いていない。

そんな理由を聞く必要が、もはや私たちにはなくなってしまったからだ。

サビーは、病院の自動ドアが中から開けられるのと、ほぼ同時刻に死んだ。

ようやく病院の中に入り診察台の上に乗った時には、一定時間ごとにピクッと身体が動く、いわゆる死後硬直が始まっていた。

嫁からのメール

「サビーは最後まで頑張ったよ。でもダメだった。」

そのメールを受け取ったのは私が仕事を終える頃だった。

嫁なりの気遣いだったのかもしれない。

天国へ旅立ったペット

家に帰ると、

いつものように、

いつものテーブルの横の、

いつもの場所に、

丸くなって寝ているサビーがいた。

もちろんそれがどういうことかはわかっている。

いつものように、

当たり前のように、

私はその隣に座る。

綺麗な顔だ。

サビーは他のどんな猫よりも美人だった。

綺麗に目をつむって、いつもの様にすました顔をして眠っている。

そしていつものように

その柔らかい身体を撫でる。

涙が溢れたのは、

その柔らかいはずの身体が、

石のように硬いことを手の平に感じてからだった。

その日は寝室ではなく、

家族全員がサビーと一緒にその場で寝た。

固くなった身体を、ずっと撫でてあげた。

「お疲れ様、サビー。たくさんの笑顔をくれて、本当に今までありがとう。」

安楽死とペット高額医療への考え

こんな辛い思いをした私だから想うこと。

私は、もしもあの時、ほぼ動けなくなった時点でサビーを安楽死させてあげても後悔はしていなかったと思います。

私は治療法もなく、自分のペットの辛く苦しむ姿をみて安楽死を選ぶ飼い主を否定しません

そして同じように、

自分のペットのために、自分の人生を顧みず高額医療費を払う飼い主も否定はしません

それが胸をえぐられる想いで考え抜いた結果、そこに家族(ペット)への愛があるならば。

どちらの意見にも文句や批判をする人はいるけれど、

家族の愛の部分にはどうやったって第三者は入れない。

そしてそれと同時に思うことは、

「人間には、ペットの命を奪う権利もないし、自然の摂理に逆らってその命を延ばす権利もない」

とも思います。

まるで真逆のことを言っているようですが、これは表裏一体だと思っています。

私があの日、あの時、どういう判断をしようと、どんな手立てをしようと、どんな名医に出会おうと、どれだけ大金を積もうとも、きっとこの日のこの時間にサビーは死んでいたんだと思ったからです。

それはサビーの安らかな死に顔をみれば分かります。

サビーは、きっとわざと病院が休憩の時間に合わせて発作を起こしたんだと確信しています。

「いままでありがとう。もういいよ、私のためにもうこれ以上お金を使わないで。大丈夫。幸せだったから。」

そんなメッセージが伝わりました。

それが飼い主のエゴでもいいんです。

ただ、大切な家族のために、今の自分にできることを全部やった。

これが私たちの愛の表現。

大切なペットと、お金と愛と命

いろいろな時代背景の中で、人間にとってペットの存在が、昔よりも大きくなりました。

その流れを受けて、社会はペットにお金を使う風潮になっています。

しかし、本当に大事なのは、かける金額ではなく、愛情だと思います。

ペットだって、飼い主が苦しい想いをしてまで自分に何かをして欲しいとは思っていないはずです。

究極の状況で決断した飼い主の判断をペットがどう感じるか。

それはすべて、飼い主とペットだけのものです。

今も大切な家族(ペット)と過ごすあなたへ

最後までお読みいただきありがとうございます。

私がこんな長い文章を書いたのは、

同じように難病を持つペットを持っている方

命と現実の重さに真剣に悩んでいる方

の、少しでも力になりたかったから。

私の経験や決断の記録が、あなたの勇気になってくれればと思ったからです。

そして、今も元気な家族とともに毎日を過ごしている方に、

その当たり前の毎日が、こんなにも素敵なことなんだと、

その時間を今よりももっと大切にして欲しかったから。

飼い主の義務と権利とは?

飼い主には、ペットの命を奪う権利もないし、自然の摂理に逆らってその命を延ばす権利も、もともとはないと思っています。

だって、同じ生命ですから。

ただ、飼い主にそれがあるとすれば、

「あなたが運命の出逢いをした大切な命に、

最期まで、

あなたの愛情をたっぷりと注ぐ事。」

それが飼い主の義務であり、あなただけに与えられた権利です。

私たち飼い主は、この与えられた権利に存分に感謝し、全うするべきだと述べ、締めくくらせていただきます。

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