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【小説:解離性同一性障害 多重人格の彼女】ひのはな(22)

ひまわり

「やれやれこれは失礼、話を変えましょう。警察署に出頭する寸前まで、彼は何をしていたと思いますか?」

「今度はクイズですか?検討もつきませんね。」

「じゃあ、答えを言いましょう。彼は、新聞を読んでいたんです。」

「新聞?」

「ええ、それもただの新聞じゃなく、自分の犯した罪の載っている新聞。つまり、あの火事の載っている記事を集めていたんでしょうね。それを一気に読みあさっていた様です。」

「はあ、それがなにか?」

「火事の日からすでに10日以上経っています。うまく行けば彼は何のお咎めもなく生活できたかもしれません。それが突然、自らの意思で白状しに来たんです。自らの意思で。そしてその直前の行動は、火事の新聞を読みあさっていた。」

男はたっぷりと時間を掛けてから、

「と、言うことは?」

と続ける。僕はうんざりして答える。

「新聞に何かを見つけたんでしょうね?」

「ご名答。いやはや佐藤さんは実に鋭いお方だ。」

「お世辞は結構ですから話をすすめてください。」

「ええ、すすめましょう。彼はなんの為に新聞を読んだと思いますか?」

「さっきから彼の考えは私にはわからないと言っているでしょう?」

「おっしゃる通り。人の心は読めないものです。彼は、友人の為に新聞を読んだそうです。」

「は?」

「しかし彼は、友人が誰なのかも、そこで何をみつけたのかも教えてくれません。変に表に出て報道されることを恐れたんでしょうかね?その友人を守るために。」

「何が言いたいのかわかりませんね。」

「そうなんです。私も彼が何を考えていたのかわかりません。しかしね、そういう時は、私は容疑者と同じ行動をしてみるんです。犯人の心を読む時の捜査の基本ですが、現実社会でも実に有効的な方法ですから、今度佐藤さんも試してみるといい。それでね、私は彼と同じように新聞を読んでみたんです。彼の気持ちになって。」

「それで、なにか分かりましたか?」

それを受けて男はニヤリと笑い、

「こんな写真を見つけましたー。これは新聞社から直接借りてきた写真です。」

と言って、写真を見せてくる。夏美の家が燃えている写真だ。

「これがどうかしましたか?あまり火事にあっている家を観るのは気分の良いものではないんですが。」

「何をおっしゃいますか。私が観て頂きたいのはこちらです。」

と言って男は写真の右の方、野次馬を指差す。僕はそちらに目を向ける。集まった野次馬に紛れて、僕が写っている。面倒なのですぐに正直に話す。

「これは、僕です。」

「おー、やはりそうでしたか。いやいや世間では他人の空似と言うものがありますから、なかなか写真だけでは判断しかねると悩んでいたんです。しかし本人がおっしゃるのなら間違いないでしょう。」

「放火犯は火事現場に帰ってくる。と、言いたいわけですね?つまり、やはり私が共犯者ではないかと?」

「いえいえいえいえ、そうと決まったわけではありません。……ただ。」

男は嫌味のある笑顔から真剣な表情に豹変して、低い声で続ける。

「仕事帰りでお疲れだったでしょうに、なぜあなたはまっすぐに家に帰らずに、わざわざ道をはずれてこんな住宅街の火事現場に足をお運びになったのですか?あまり気分の良いものではなかったでしょうに。」

僕は憤りを通り越して冷静になっている。

「この火事にあった家は、彼女の家なんです。」

「おや、そうでしたか。それは知りませんでした。しかし不思議ですねー。彼女の家が火事になったらすぐに登場。まるでヒーロー映画の主人公のようだ。偶然なのか、それとも、……始めから火事になることを知っていたか。」

「いい加減にしてくれよ!俺は何もやってない。」

大きな男は僕の発言を無視し、手帳を広げるとそれを見ながら話し出す。

「近所の方からこんな情報も入っていますよ。この写真に写っている男は、救助に向かおうとする消防隊員に掴みかかり邪魔をしているようだったと。」

「それは誤解です!申し訳なかったとは思いますが、私は彼女を助けたかっただけですから。その隊員本人に聞いてください。彼ならわかってくれるはずです。」

彼は手帳に目を落としたまま続ける。

「これはどうですか?生きているか死んでいるのかはっきりと教えろと女性に掴みかかったというのは。」

僕はいつまでも火事現場で噂話をしていた二人のおばさんを思い出し腹が立つ。

「そんな言い方はしてません。それに掴みかかってなんかいない。」

「結構。ではでは、これはどうですか?火事のあった翌日に現場近くの公園に終日いらしゃったとか。近所の子供達が不審人物を目撃している。実にあなたにそっくりだったそうです。あの日はたしか……、そうだ猛暑の日だ。それは暑くて大変だったでしょうに。あなたは、一体あの日一日中あそこで何を?」

煙草のヤニがこびりついた前歯をみせて下品な笑顔を見せてくる。

「彼女と連絡がつかなかったので、きっと彼女は自宅付近に姿を現すだろうと無駄を承知で待っていたんです。」

言い終えてすぐに荒いため息をつく。

「はっはっは。これはこれは。」

「あんた、なにがおかしいんだ!!」

「まあ、そう感情的にならずに。我々もこういった情報を鵜呑みには致しませんから。」

「してるじゃないですか?まるで僕が犯人だとしむけるような言い方だ。」

「おや、そう聞こえたのなら申し訳ありません。言葉とは難しいものです。あくまで事実確認ですからお気になさらずに。」

「こんな言われ方でそう思わない人はいないでしょう。」

大きな男は一呼吸置いてしゃべりだす。

「それで、佐藤さんはどなたとお付き合いを?」

「そんなことまで。……、坂本夏美です。」

「なるほど。夏美さん。三女ですね。それはこの度は残念でございました。心中お察しいたします。」

彼の言うことが一瞬理解出来ない。

「は?それは殺そうとしていた彼女が生き残ってしまって残念だという意味ですか?あなた、さすがに訴えますよ?」

「おやおやまたしても誤解を招くような発言を、申し訳ありません。あなたは何か勘違いをされているのか、もしくは名演技なのかは分かりかねますが……。」

彼はまたも十分に時間を掛けてから、

「事実、夏美さんは亡くなったわけで。」

と言ってニッコリと笑う。その言葉を頭の中で二度繰り返した辺りで脳が沸騰する。僕は立ち上がり、噛みつかんばかりの勢いで怒声を浴びせる。

「あんたいい加減にしろよ?変な疑いを掛けるわ、その辺のおばさんの噂話を鵜呑みにするわ、挙句が生きている人間を取り違えて死んだことにしたりよ!!」

男二人は全く動じない。こんなシチュエーションは慣れているのだろう。むしろ、僕に殴られた方が彼らには好都合なのかもしれない。僕は怒りの排出先を失い、音を立てて椅子に座りなおす。大きな男が、

「まあ、落ち着いて。受け入れられないのはわかりますが、悔やんでも死人は蘇りません。」

と言う。

「だから、夏美は死んでないっていっているでしょう?双子だから勘違いしているんです。」

「おかしなことをおっしゃる。夏美さんは夏美さんの部屋で発見され、検死でも間違いなく本人であると証明されました。」

「は?」

「それに親族の手によって、夏美さんの死亡届が提出されています。」

「はぁ?」

「あの火事で生き残ったのは春美さん、四女のみです。」

「ふざけんなおまえ!!夏美は生きてる!今、病院で眠っているんだ。あんたらとは話にならない。悪いが俺は帰る。」

大きな音を立てて席を立ち、返事も待たずに部屋を後にする。背中に、

「ご協力ありがとうございました。」

と言う不快な言葉を浴びせられる。事務所を通り過ぎてどかどかと帰る僕に、

「お、おい?どうした?」

と上司が言う。僕はそれも無視して会社を飛び出し、車に乗り込む。熱気漂う車内にまた腹が立ち、舌打ちをして、ハンドルを殴る。呼吸が荒く、肩が上下する。シートを倒し、両手で顔を覆いながら仰向けに倒れる。夏美は生きている。あいつらの前に夏美を連れて行ってこれが真実だと見せ付けてやりたいと思う。しかし、そんなことはもうどうでもいい。とにかくこの苛立ちをおさえなくてはならない。大きく深呼吸を三回して呼吸を整えると、シートを戻す。ふと、助手席に置いてある夏美の財布が目に入る。手を伸ばし、中から保険証を取り出すと、名前を確認する。『坂本春美』と記載されている。僕は首を振り、免許証を取り出す。顔は夏美だ。しかし名前は、『坂本春美』となっている。じっとりとした汗が背中をつたう。

「ふざけんな!!」

と叫びながらハンドルを殴り、助手席に向かって嫌なものでも振り払うように財布を投げる。その衝撃で一緒に持ってきた夏美の日記がシートから落ちる。

「あー、もう!!」

と言って、日記を拾い上げ助手席に置くと、タバコを取り出し火をつける。しかしこんな時に限ってライターが機能せず、カチッ!カチッ!っと音を出すだけで火がつかない。大きなため息をついてタバコとライターを後部座席に投げ捨てる。そう言えば、そうだ。火事以降、夏美がタバコを吸っているのをみた覚えがない。エンジンをかけ、エアコンを出力最大にする。もはや何にイライラしているのかも分からない。とにかく総ての目に入るものが憎くて仕方がない。頭を抱えてハンドルにもたれたまま、5分ほど時間が過ぎる。少し呼吸が落ち着いたところで、僕は状態を戻す。ふと、夏美の日記が目に入る。何の罪悪感も感じない。おもむろに手を伸ばし、火事があった日から順にページを繰る。

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