「あたしは嫌だな~。」
な~んだコラー!!じゃあ聞くな!!
「あたし昔ハムスターを飼っててね、ピーちゃんって名前付けてすごく可愛がってたんだけど、ある日突然カゴから逃げ出しちゃって。部屋の中を長い時間をかけて探したの。あたしは大泣きしながらピーちゃんピーちゃんって名前を呼んで。とうとうベットの下に見つけて、良かったって抱きしめてね。カゴの中に戻したらこっちをみて悲しそうな目で見つめてくるの。」
「外に出たかったのかな?」
「そりゃあそうよ。あんな狭いカゴの中で、クルクルとまわるおもちゃをせっせと走って、そんなんで終わりたくなかったんだと思うわ。そう思ってようやく飛び出した外の世界からまたカゴの中に戻したのは、いつもカゴの外から気の向いたときだけ覗いてくる飼い主の私。まるで私が恨まれているような気がして。なにかを愛することって、愛するモノを自分のカゴの中に閉じ込めることに似ていると思うの。」
「そういわれると、確かに付き合うことと束縛って似ているような気がする。」
「人生だってそうなんだと思うのよ。私はハムスターで、誰かの決めたカゴの中に生かしてもらっている。その中にあるおもちゃをクルクルとまわして、自分ではせっせと走っているつもりでもぜんぜん前に進んでいかない。ふと気づいて横をみると、カゴの外から私の飼い主が微笑みながら私を見ている。その笑顔に答えたくて私はまたおもちゃをクルクルと回す。自由を求めて外に飛び出すと、それはとてつもなく恐ろしい世界で、足がすくんでブルブルと震えて。結局自由を求めているくせに手に入れると自由は不自由で。そしてそんな震えてるあたしを誰かがまた自分のカゴの中に戻してパタリとふたを閉じてしまうの。そして私は感謝するわけでもなく束縛する相手をじっと見つめるのよ。世界の終わりから・・・。」
「世界の終わりか・・・。」
僕はとても驚いた。職場では元気に振舞う彼女が実はこんな深い意見を持っているとは。僕は彼女の真剣な顔を見る。
「イモムシはそんな味がした?」
・・・・・・・。
「え???」
世界の終わりの味についての説明だったの?
「ちょっと世界の終わりって表現はグルメ番組では使えないわね。第一その後に回りくどい説明が必要になるもの。」
「もし僕がグルメ番組に出たときは、極力その言葉を避けて表現するようにするよ。」
僕はひどく肩が凝っていることに気づいた。
「わかればよろしい。じゃあ、どんな味だった?」
う~んと僕は考え込む。不用意なことは言えない。
「輝かしい未来の味がしたよ。」
ふ~ん。と彼女は言ってグラスの中身を一気に空にした。グラスをテーブルに置くと、氷がカランッという音を立てた。僕はその光景を観ながら、輝かしい未来を、「噛み砕いてお酒で無理やり流し込み、そしてこの胃袋で消化している」のだなと思った。
悪くない。まるで僕の人生らしいじゃないか。同じようにグラスの中身をカラにしてしまうとグラスをテーブルに置いた。同じようにカランという音を立てて氷が踊った。
立ち上がると彼女は言う。
「さてと、今夜は楽しく飲もうか?その前に部屋着に着替えて良いかな?なんか落ち着かなくって。」
「かまわないよ。」
と僕は言った。
待ってました。こうなった今、部屋着こそ全て。僕がそもそもココに来た第一目的はココに女の子らしい部分を見つけることだ。裏切られ続けて何時間たっただろうか。いまだ僕はこの部屋に女の子らしさを見つけていない。
カモーン部屋着!!ヘーイ!!
僕はグラスにグサノロホを注いだ。グラスに注がれるグサノロホを見ながら、僕は彼女の部屋着について思考をめぐらす。下はグレーのダボっとしたスウェットで、上は少し大きめのTシャツで可愛いスヌーピーのプリントがしてあるんじゃないだろうか。
今度は注がれたグサノロホを飲みながら彼女の部屋着について思考をめぐらす。
Tシャツは大き目の方が女の子らしかったりするもんだ。まてよ、逆に小さいってのも悪くない。俺的にはどっちでも悪くはないんだけど。あ、キャミ1枚とかだったら大変なことになるな・・・。それは俺、大変なことになる。
彼女はまだこない。僕はさらにお酒を飲む。酒がまわってだんだん思考がおかしくなってくる。
まさかバスローブってことはないよな?いや、それはない。なにしろ彼女は風呂に入っていないんだ。風呂に入っていない人がバスローブを着るだろうか?いやそれはない。ひょっとして江戸時代の賭博のサイコロを振る女みたいな格好してきたらどうしよう。上半身にさらし巻いてるだけだからな・・・。「てやんでい!!半に全部掛けるぜい!!」なんていわなくちゃイケねえ。
と、彼女が部屋に入ってくる。
ジャージだ。あずき色のジャージだ。上下ジャージだ。胸のところに変なマークがあって中心に「高」と書いてある。
高校の時のジャージだ。足首のところにファスナーがついているジャージだ。膝のあたりにはナイロンが一度溶けてまた固まってテカッている部分があるジャージだ。
彼女もまた、体育館ではしゃいでどこかにスライディングを決めたんだ。ホームベースなんてどこにもないのに・・・。
「とても似合ってるよ。」
彼女は照れたように言う。
「やめてよ。楽だから着てるだけなんだから。」
もちろんだ。君はそんなものを好んで着るべきじゃない。
「高校時代のを持ってるなんて、物持ちが良いんだね?」
僕は精一杯探してほめ言葉を投げかけた。
「ぜんぜん良くないよ。だってこれ、お姉ちゃんのやつだもん。」
なおさら物持ちが良いじゃないか。年代モノだ。
「家族は大切にしたほうが良いよ。」
僕のほめ言葉にも限界がある。
「さあ、飲みましょう。」
ジャージ姿の彼女が言う。
憧れの女の子の部屋で、僕はあずき色のジャージを着た女性と酒を飲んでいる。こんなシチュエーション誰が想像でき、誰がそこに色気を見出すだろうか。新宿のキャバレークラブをくまなく探したってないだろう。なぜならニーズがないからだ。誰も求めていないんだ。
僕はこの部屋に求めたものを何一つ得ることが出来ず、まったく求めていないものを与えられた。おまけにテキーラでかなり酔っている。
帰りたくなってきた。僕は最後の掛けに出た。
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